過去の日記

2006-01-29 仮面ライダー

テキストエディタ [hatena]

人力検索はてなで「○○なエディタはないでしょうか?」という質問があると○○を無視してTeraPadを推す回答者が多いような?
もちろんそれはTeraPadが無償なテキストエディタとしてよく使われている、あるいは蓋然的には高い評価を受けているのだろう、ということでもあるわけだけど。

無償なのがいいですよ!

という価値観と、

○○は最低限ないと絶対使いたくない! お金払っても○○は絶対!

という価値観(こだわりとも言う)の衝突でもあるのかも……。


私は……、大きいファイルを開いた時に真っ白になって操作できなくなるエディタは使いたくない。
ただ、上の要求は現時点でのあくまで現時点では、という話。
仕事の内容ややりたいことが変われば必要になる機能も変わるわけで、そういう意味ではあまりこだわりは無い、とも言える。

仮面ライダー [anime]

んー。アギトとブレイドを足して2で割って、アバンタイトルにちょっとガメラ2 レギオン襲来を持ってきて、ついでにフィニィの「盗まれた街」をスパイスに振りかけたような……。


2006-01-28 目で見るRed/Black Tree(赤黒木)

目で見るRed/Black Tree [tech]

要Java。メモ。

Red/Black Tree Demo


ちょっと追記。
value のところにノードの値を入れる。
Add Node のボタンを押す。(例えば100)
とりあえず Next Step のボタンを押して処理を終える。
別の value を入力して Add Node のボタンを押す。(例えば150)
Adding という黄色のラベルが出ている間は、ツリーの処理中。Next Step のボタンを押すことでツリーに対しての処理過程を見ることができる。(150のノードが100のノードの右にぶら下がって、赤のノードになる)
次々に value を入れて Add Node。処理が終わるまで Next Step を押すとよい。(120 を入れるといったん150の左にぶら下がったあと、処理が進むとトップに来て100が左に、150が右にぶら下がる。その後で赤黒の色の変化が起きる)


ノードの削除は、ノードをクリックして Delete Node。これも Next Step を押していくことで処理の過程が判る。


2006/2/4 時点でリンク先が無くなっている……。
2006/10/30 時点で復活。


2006-01-27 曖昧なtaxonomy

曖昧なtaxonomy [etc]

何も知らずにアクロイド殺しを読んだ人は幸せです、と森博嗣先生も仰っている(いたと思う)。
私は不幸せだった。先に犯人を知っていた。


リンク元を見ると、ここはABC殺人事件だったのか。
クリスティですな。
一番最初に読んだのは「そして誰もいなくなった」です。
その後、何も知らずにアクロイドを読んで「世の中にこんな小説もあるんだ!」って思っていろいろ買って読んでました。

ナンセンス不定記


それはともかく、私のはてなRSS ( r:id:quintia ) は怪しげなカテゴリが並んでいる。大体名前からして怪しげだ。
アガサである。


最初にはてなRSSを使った時点であまり本気で使うつもりがなくてたまたまそこに置いてあった、クリスティ文庫に挟み込んであった広告を見てはてなRSSのタイトルに付けたのが始まり。
その後、はてなRSSをちゃんと使おうか、と思ったときにカテゴリ名をどうしようか迷った。その時に「全部アガサでいってしまえ」と思いついたのだ。
で、現時点でのカテゴリは、

  • 愛の探偵たち
  • 象は忘れない
  • 無実はさいなむ
  • 未完の肖像
  • アクロイド殺し
  • ねずみとり
  • そして誰もいなくなった
  • 動く指
  • 複数の時計
  • ABC殺人事件
  • グループ名はアガサ・クリスティ小説です

最後の一つが説明のためのカテゴリ名なのはいいとして、他のカテゴリ、一体どういう規準なのか、すぐには判らないだろう。
実は私もハッキリとした規準を持っていない。「愛の探偵たち」はIT関連のニュースサイトであることだけは、ハッキリとしているしこれからも変わらないだろう。でも他のカテゴリは曖昧なままだ(「未完の肖像」と「ねずみとり」は現時点ではハッキリとした規準があるけれども)。


曖昧なカテゴリにした背景は、人が何かを分類する時に曖昧な印象が規準であって厳密なものではない、と思うからだ。
ソーシャルブックマークは、分類付け=タグ付け=taxonomy を参加者全員でやることで、個ではなく全体の分類としようという面(folksonomy)がある。
はてなRSSはそうなっていない(と思う)。
その、人間側に起因する分類の曖昧性をどうやってさばくか?


カテゴリを曖昧にしてしまえ!


最初の段階で、一応カテゴリに意味づけはあった。でもそこから先は曖昧。
フィードの出入りや、多くなりすぎたカテゴリの分割、その逆の統治を経ていくことで、カテゴリに入っているフィードの性質がそのカテゴリを性質づけるはずだ、という考え方。
あるいは、自律的に働くはずだ、と言い換えてもいい(かもしれない)。


あるフィードを入れるのにどのカテゴリにしようか? と思った時でも、「ちょっと違うけどここらへんに」というような逡巡がない。元々曖昧なのだから。
あるカテゴリの中で「これだけちょっと別だな」と思ったら適当に移動する。元々曖昧なのだから。
フィードの出入りによってあるカテゴリの意味合いが変化しても、カテゴリ名を変える必要はない。元々曖昧なのだから。


ガチガチに分類するのが好きな人、でも逆に手段であるはずの「分類すること」に変に時間を使ってしまう人。
分類するのが好きじゃない人、おかげで全部1つのカテゴリにぶちこんであってわけ判らなくなっている人。
カテゴリの規準を曖昧にすることで、解決するかも?
その解決のための第一歩としてカテゴリ名を曖昧にしてしまうってのは、どうです?


2006-01-26 オープンソースとエンタープライズアプリにおける選択責任と

htmlコメント [tech]

はてなダイアリーのソースを見ると、

<!-- google_ad_section_start -->

  <div class="section">
  :
  :
  </div>

<!-- google_ad_section_end -->

ってあるんですが、このhtmlコメントは一体何なのでしょう?
教えてはてなダイアリー!
……って、google adsenseの対象にするソースの部分の指定なのか?
googleのヘルプを読んでもでてこなかったのだけど、単なる見落としでしょうか。


追記
見落とし、というかちょっとした勘違いでした。簡単に情報が出てきました。

What is section targeting and how do I implement it? - AdSense Help

ゲロッパ! [movie]

結構楽しめた。
が!
なんで日本のコメディ映画って、最後に"泣き"が入って、かつハッピーエンドになってしまうのか。
いや、それはそれでもいいんだ。西田敏行オンステージのシーンで盛り上がって、"泣き"のシーンに入って、そこまではよい。
でもそこから後のテンポがもっさりしているのが残念。その部分がもうちょっとテンポよく進むか、その当たりのカットを一部分でも前の方に持っていくかしていればよかったのになぁ。
しっかり面白かっただけに、残念! という感じ。

ゲロッパ ! GET UP スペシャル・エディション [DVD]

  • 監督: 井筒和幸
  • 出演: 西田敏行,常盤貴子,山本太郎,岸部一徳,桐谷健太
  • 出版社/メーカー: ハピネット・ピクチャーズ
  • ASIN: B0000C7P8A
  • 発売: 2004-04-09
  • amazon.co.jp詳細へ

オープンソースとエンタープライズアプリにおける選択責任と [tech]

2つが変に組み合わさるとひどい事態を引き起こす。
「オープンソースの恩恵は受けて」いて、かつ「ライブラリの改造は避けたい」なんていうケース。

Javaをメインとする会社は、きっちりしていたいと思う指向が強く、それこそPerlのライブラリのようなのを適当で、うさんくさいものとして見ている。後のバージョン管理も含めて、できればライブラリの改造は避けたいと思う。(フリーのライブラリを使いたくないのは、「いい加減ワールド」に入りたくないという。これはエンタープライズアプリにおける選択責任の重さにも繋がるので、一概に否定はできない。)

実はJakartaがあるので、結局、誰もかれもオープンソースの恩恵は受けているんだけど、永遠のベータ版みたいなモジュールで許されることが嫌とか、そういう発想はあるみたいだ。

F's Garage:Java圏とPHP,Perl圏の断絶について。


まず、これは相当に古い話であり、現在出荷されているものとは全然別モノ,別の話である、ということを書いておく。あと、憶測が混じっていてそのウラを取っていない(というかソースが手に入らない以上ウラの取りようがない)、ということも書いておく。
富士通にINTERSTAGEというアプリケーションサーバがある。
こいつの上でservletを動かしたり、servletでチョンボをやってしまってExceptionを発生させたりすると、ログファイルを見るわけだ。
今はどうだか判らないが、こんなJavaパッケージ名をそこに見ることになる。

com.fujitsu.interstage.jservlet.tomcat

へー……。


それ以前に、Tomcatを使ってservletを実行していて、ある機能がどうしても有効に動いてくれない、という目にあっていた。ソースは間違っていないはず、というプログラマにありがちな無根拠な自信のもと、Tomcatの情報を検索していた。
あった。
確かに該当するバグがあった。正式に修正されたリリースは無いが、MLのアーカイブ(だったと思う。ちょっと記憶が曖昧だ)にパッチソースが書いてあった。
その時点では社内のサーバで動けばいい、という状況だったのでTomcatのソースを持ってきて、パッチをあて、ビルドした。期待通り動いた。


それからしばらくして、INTERSTAGEを使っていて同様の現象に出会った。com.fujitsu.interstage.jservlet.tomcat というパッケージ名を見ていたので、これはおそらくTomcat由来のバグが修正されないで残っているのだろう、と思った。ここが憶測の部分。実際はどうなのか、それは判らない。なぜなら、ソースが手の届かない所にあるからだ。
ともあれ、正式なパッチも無いらしいので、サポートセンター経由で問い合わせてもらうことにする。パッチソースを入手したWebページのURLといった情報も付け加えておいた。
当然、時間をおかずにパッチが準備されるだろう、と高をくくっていた。
回答は……、

その機能は機能制限により使えません。マニュアルにもその様に記しています。

は?
確かに書いてあった。
でも……どういうこと?
その何ヶ月も前にTomcatを使っていた時には、数時間でバグ情報に辿り着いてパッチソースを手に入れて、動かせたのに?
パッケージ名にtomcatと付いてはいるがTomcat由来では無いというのか? いやいや、そんな馬鹿な。パッケージ名にtomcatと付ける意味が無い。


ま、とりあえずその機能は使わずにやり過ごしたわけだが。


もっとも、サポートセンターの対応も判らないではない。
「富士通」の「INTERSTAGE」の、正式なパッチとして公開するにはおそらくは、様々な文書を書き、テスト仕様書を書き、テストをし、また様々な人のハンコをもらって、と言うような手続きが必要なんだろう。そのバグがそこまでしてパッチを出すほどのものでは無い、という判断だったのだろう、きっと。事実、それは使わないでやり過ごしたわけだし。

でも、ソースを入手できないプロプライエタリなミドルウェアの歯がゆさ、そのために解法が判っているのにどうにもならない腹立たしさ、そんなことを感じた一件だった。
もっとも、後になってから考え直してみると、「判りました。じゃすぐにパッチ出しますから」と言われて30分ぐらいでパッチが届いたりしていたら、それはそれで「エンタープライズサーバのサポートセンターの対応としてそれはまずいんじゃないか?」と思うようになったわけだけど。


2006-01-25 親指シフト, 立場は逆転した

無題 [hatena]

機械の意識の有無を判定する方法について。
将来、「心を持つ人工知能を造った」、あるいは「人間の意識をコンピュータに転移することに成功した」と主張する人が現れたとします。そのコンピュータを前にしたとき、どのような方法によれば意識の有無を判定できるでしょうか?
http://www.hatena.ne.jp/1138120442

成果物ではなくて理論と手段を呈示させるのが先だろう。


ともあれ、この質問は無意味だ。いや、冗長だ、と言った方がよいか?
暗に「現時点で我々は"意識"を定義できない」という前提がある。すでに"意識"の定義を我々が手にしているのならばそれに従い判定可能だからだ。
将来「このような主張をする人」が現われた時点で、人間が"意識"を定義できていれば、(前述の通り)それに従い判定可能だ。その時点で"意識"を定義できていなければ、「このような主張をする人」が"意識"の定義を行う必要がある。もしくは、自分が作ったものはこういうものです、と説明する必要がある。


"意識"をどのように定義したらよいと思いますか? と問えばよいのに、無駄な例を挙げることで、質問を混乱させているだけ。
ただ、勝手に想像すると、意識的にそうしたのだろうな、とも思った。

サーバサイドRSS aggregator, ブロガーライセンス [news]

ふむ。ブロガーライセンスが面白い。
IDを振ってblogを登録させて、そのblogにバナーを貼るとかが許諾条件になるのだろうか? いやblog URLの登録——つまりは収集——だけでもいい、と考えているのだろうか。

ユーザーがRSSを共有できるサーバインストール型RSSリーダー「FreshReader」登場 - CNET Japan


ニュースサイトから自分が読みたいものだけを見せるベイジアンフィルタ搭載、とかだったらいいなぁ。

Blog Hacks ―プロが教えるテクニック&ツール100選

  • 作者: 宮川 達彦,伊藤 直也
  • 出版社/メーカー: オライリー・ジャパン
  • 発売: 2004-08-07
  • ASIN: 4873111749
  • メディア: 単行本
  • amazon.co.jp詳細へ

に載ってるけどね。

親指シフト [etc]

最初の文章は確かにその通りです。ただし、ローマ字に分解することが大きな負担になっているかどうかは意見が分かれるところです。上記のブログの記事へのコメントには、ローマ字でも、「文字列よりも指の感覚で日本語の文字を覚えちゃいました。」とあります。考える暇もなく指が動いてしまうということなのではないでしょうか。

親指シフトウォッチ: Re: パソコンで文章作成するときにおける効用と問題点と「親指シフト(@感じる、考える、表現する。)

私も同意見です。
親指シフトで入力しているとよく「凄いですね」と言われることがままあります。
私には、頭の中でローマ字に分解することが大きな負担になります。それは親指シフトを使っているからです。なのでローマ字でタタタタタタッと入力できる人を見ると凄いなあと思います。
ローマ字で入力している人は、ローマ字に分解することなくもう体で覚えてしまっている様に見えますし、実際に聞いてみるとそう答えます。親指シフトで入力していることに「凄いですね」と言ってくる人は、よくよく聞くと「2種類のキー割り当てを覚えていることが凄い」と言います。
それもまた慣れの問題でしかありません。最初の頃は真性親指シフトのキーボードだったので、キートップの文字を見ながら打っていました。次はWindowsでのエミュレーションなので、配列表を印刷して縮小コピーしてラミネートしてPCのディスプレイの隅に貼ってました。今は体の感覚で打てます*1


私がローマ字入力を嫌うのは、英語を打っている時の脳内モードとローマ字入力を打っているときの脳内モードがうまく切り替わらないからです。
それも慣れの問題なのかもしれません。
でも、ローマ字入力の時と英語を打っている時ではキーの配列が一緒です。自分が英語を書いているのか、日本語を書いているのか? のモードの切り替えには、配列が違う方が都合がよいのではないかと思っています。
思っているだけで実証はできません。なぜなら、私がローマ字入力を採用する可能性があるとしたら、親指シフトが絶滅した時だから。さらにもしそんなことになっても、きっとJIS配列でカナを打っていることでしょう。昔の様に。


さらに余談。本当は、プログラムを書くのであれば、日本語キーボードではなくて英語キーボードの方が好きです。でも英語キーボードには変換キーも無変換キーもありません! これでどうやって親指シフトをしろと?
キートップは英語キーボードのそれだけど、変換、無変換キーがついているキーボード……。無いよなぁ。
例えば、これ↓

http://www.artlebedev.com/portfolio/optimus/

なんかも、スペースキー長すぎ! 短くしてその両隣に小さいキーを付けてくれ! と思ってしまいます。


編集と追記 (2011/06/20)
今だから書いてしまうが、このエントリ、富士通社内サーバの掲示板に引用されて「俺も欲しい! 商品化したらどうだろう?」的内容のコメントが付いていた。
でもそこから話は進まなかったらしい。残念。

あれ? おかしいなぁ [etc]

下のエントリで「マスメディアにあまり感心が無い私」なんて書いたけど、いつのまにか「ライブドアのことを考えてこんな話をblogに書いている自分」が自分の中にいることにふと気がついた。
ライブドアのことを考えはじめたのは、一体どの時点からだったろう?
情報メディアって怖いね(ここで言っているのはテレビや新聞,雑誌といったマスメディアではなくて、IPネットワークのこと)。
……いや、怖いのは「情報」の方か。

立場は逆転した [etc]

ライブドアって今までは自身の株のキャピタルゲインを資金にして、取り込みたい事業を展開している企業を買収していた。当然、買収はそうしやすい企業、言い換えてしまえば、株価が安くなっていて買いやすくかつ大株主になりやすそうな企業が対象だ。この際、買収前の実績なんて(あまり)関係ない。買収した後に「ライブドア」という大看板を掲げててこ入れするからだ。


球団買収のあたりからマスコミでも頻繁に「ライブドア」が取り上げられるようになり、その大看板がものすごく大きくなると、今度はその対象が「買収しやすそうな企業」である必要も無くなった。自身の資金以上の買収資金を、レバレッジを期待する投資家から調達することが可能になったからだ。それは「ライブドア」という大看板のおかげ。テレビ局を買収しようなんてことを現実に考えられるほど、「ライブドア」という大看板を大きくしたのは、他ならぬテレビ局というマスメディアの力だ、という様な論はきっと今までに語り尽くされているのだろうけどね。(マスメディアにあまり感心が無い私は、今これを書いている間にそんなことを考えて、で、書きたくなったというだけの話。)


閑話休題。
そして今、ライブドアの株が安くなり、売りたい人もわんさかいる。
すでに立場は逆転した。
もしももしも、ライブドアが持っている事業のうちのどれかを、真剣に欲しいと考える誰かがいたとしたら?
そう。ライブドアを買収して、欲しい事業だけをその「誰か」の大看板を掲げててこ入れし*2、他の事業は全てやめてしまえば、もしくは、事業ごとに分割してさらに売ってしまえばいい。


もしライブドアというものにその様な価値を見いだす誰かが現われたなら、「虚業」ではなかった、ちゃんと魅力ある事業をしていた、ということになる。けれど皮肉にもそんな誰かが現われたなら、きっとライブドアというものは無くなってしまうのだろう。
逆にそんな誰かが現われなければ、ライブドアというものがどうにかこうにか存続していったとしても、「虚業」と叩かれても仕方がない。


註:ライブドアに支援的に金を出す、という可能性を抜かしているのはわざとだ。「支援的に」というのは、事業も存続させるしライブドアという看板もそのまま残す、という意味。
註2:このエントリは、事実と経験に裏付けされた予想ではなく、憶測と妄想を書いているだけのものなので注意。

私にもできる未来予知 [etc]

次の流行語大賞に「虚業」がノミネート。

*1 そのためもあって自宅のPCを会社PCと同じモデルにしたのだけどこれは余談。

*2 というのはつまり「ライブドア」というものについた悪いイメージを拭い去ろうということだ。