2007-03-16
■「素通り禁止」なんて3年越しの話題だよね
mixiの日記を読んでもレスを返さない、
いわゆる「読み逃げ」についてお伺いします。
http://q.hatena.ne.jp/1173981248
ま、はてなでアンケートをとったらこうなるだろうな。
とてもシンプルだったはずのhttp+htmlという、データ通信とコンテンツ記述のインフラが、完全にその当初の――および発展過程での設計の意図を超えて使われている、ということの一つのあらわれ。
「だいたい『読み逃げ』ってなんだよ」と(コメントにでてきているように)原理主義的に否定するのはたやすいが……。
「素通り禁止」なる概念を最初に見たのが2004年6月ごろ。
つまり「素通り禁止」を掲げる人は厳然として存在していて、それが正しいと――守らない人が常識的に間違いだと――思っている人も間違いなく、いる。
去年の9月にも、
こんなことを書いた。
なんでだろう?
「インターネットは怖いところだ、気を付けなさい」といつもいつも親や先生から言われる。
ついこの間も「携帯電話を持たせるときにはキャリアが提供しているコンテンツフィルタの登録をしましょう!」なんてプリントが回ってきたし。
図書館にいけば「怖いぞ!」と煽る本も山ほどある。図書館からざっと検索してると、
ITに殺される子どもたち
あなたは子どもをどう守りますか? 【情報社会の光と影-モラルとリテラシー】
ウェブ汚染社会
お母さんが安心して子どもにパソコンを使わせる本
親と子のインターネット&ケータイ安心教室
気をつけよう!ネット中毒
子どもと親と教師のためのサイバーリテラシー
なんて感じ。
で、Mixi のような半分閉鎖されたようなコミュニティに対して、現実以上に過大な「安心感」が生まれているのではないか?
自分の周りに近しい存在がいることが、マイミクシィという形で目に見えている。
それが「自分の周りにいる人はきっと自分と同じ考えをする自分に近い存在なのだ」という、盲目的で非現実的な過信を生むんじゃないか?
それが非現実的なのは、現実の友人関係を考えればすぐ判るはずなのに。
というかネットワークでの繋がりもまた現実の「人付き合い」だということを忘れてる?
インターネット(の中のMixiの様なスペース)は心地よくて自分に近しい――というのは大抵「自分に都合のいい」の誤認だろうけど――人たちが集まっていると思う人と、インターネットは怖いところだ、危険なところだと、盲目的にわめきちらす人と、さてどちらが現実を見失っているのだろう?
(追記)
「素通り禁止」ならこっちの方がよいか(ここにたどり着く前に目にしているはずだけど)。「3年越し」と書いたのはこのあたりから。
■なるほどこういう時にスクリプト言語なのか
Subversionのソースアーカイブの中に、toolsというフォルダがあってPythonスクリプトとかPerlスクリプトとか、Rubyなんかも入っていたりする。
例えばバックアップ用のスクリプト――最後にバックアップしたリビジョンより後の変更分を抜き出すなんていうもの――がPythonスクリプトだったり。
なんで? と思ったけど、後になって気がついた。
シェルによって違いが生じることがなくなるからだ。あるいは文字コードの問題なども回避できる。
なるほどねー。
2007-03-15
■法令や公序良俗に反する場合などにはリンクの削除をお願いすることがあります
承前
の続きっぽい。
都道府県庁のリンクについての原則・ポリシーを類型化してみたが、それとは別に、
リンク元のホームページの内容が、法令や公序良俗に反する場合などにはリンクの削除をお願いすることがありますので、あらかじめご了承ください。
という言葉が多いことを指摘した。
この文言はいったい何のためなのだろう……?
素朴な疑問
ナンセンス! ど断じることはたやすいが、まず疑問として形にしてみよう。
- 内容が「法令に反している」と判るサイトに対して、"リンクの削除をお願いします"という対応はおかしくないだろうか?
- 公序良俗に反するサイトからリンクされることに対して、"削除をお願い"するいうことはそこに何らかのリスクを考えているはずだ。それはどういうものだろうか?
- 実際にそのような"削除のお願い"というのは業務として行っているのだろうか? 書かれているものはただの飾り文句で、何もしていないということはないだろうか?
まぁ、こういう様な内容で過去いくつかのサイトに質問を繰り返していたりする。
その質問に対して得られる回答が──その組織の性質・規模に依らず──非常に類型的だな、と感じているのでそれについてまとめてみたいと思う。
危険な暗黙の前提
ここでまず1つ指摘したい──というか回答をいただいたところに再度指摘しているのは、とした方が正確か──のは「ホームページの内容が,法令や公序良俗に反する場合」という表現自体に、そのサイトが法令・公序良俗に反していることが一目見てわかるという暗黙の前提を持っているのではないかということだ。
甘い。
幼稚な1クリック詐欺のサイトならともかく、詐欺サイト(クレジットカード番号を盗もうとする目的で作られたサイトなど)が一見してそうと判る様に作るはずがない。
「その点についてどうお考えですか?」という文句で大抵再度質問するのだけれど、回答をもらったことは無い。
3つめの質問
3つ目の質問に対する回答の類型はいくつかある。
不適切なリンク設定があった場合に、利用者からお問い合わせをいただくことがあります。
この場合、明らかに不適切で誤解を招くようなリンクの場合は、サイト管理者にご説明し、削除するようお願いしています。
これはいいだろう。
機能しているといえなくもない。ただこのケースは非常にまれだ。
たいていはまた別の類型、
明らかに不適切で誤解を招くようなリンクの場合は、サイト管理者にご説明し、削除するようお願いすることがあるという姿勢を説明したものです。
というものだ。
……これは何の答えにもなっていない。会社でこんな説明したら怒られるぞ、きっと。
「なぜこのように書いたのか?」「私がその様に考えているからそう書いたのです」と答えているのも同然。
ひどいのになると「実際に削除をお願いしたことがありますか? ないとしたらこの言葉は機能していると言えるのですか?」という問いに、
リンクに関する姿勢・方針を表明しているもので、その機能は十分果たしていると考えます。
なんてのがある。
それは機能して当たり前。
自分たちの姿勢・方針を表明するという機能を果たしていない、なんてことがあってたまるか(あるとしたら「曖昧で誤解を受けかねない」表現の場合でそれでは、自分たちが削除をお願いすると表明しているところの「不適切で誤解を招くようなリンク」とレベルが一緒である)。
2つめの質問
この質問への答えの類型は非常にハッキリしている。
これは、法令や公序良俗に反するサイトにリンクが貼られたことにより、当該サイトと本サイトに関係があるような誤解を生じたり、信用・イメージの低下がご覧になった利用者に生じたりする可能性がある点から、注意喚起の意味で当該規定をサイトに明示しているものです。
……複数からの回答を適当につなぎ合わせてもそれっぽく見えるあたりが恐ろしいな。
それほどに類型化が強いということだ。
もう一つ、この回答の上に、
相互の了解無くして「リンク」できるという認識のない、インターネットへの理解が浅い初心者の方がいるため、
という様な言葉がつくケースもある。
この類型的回答に対する意見は簡単だ。
「ホームページの内容が、法令や公序良俗に反する場合などにはリンクの削除をお願いすることがあります」などと書く必要は無い。
「他サイトから本サイトへのリンクがあったとしても、そのリンクは本サイトが了承したものでない場合があります。当該サイトと本サイトとの間に何の関係・関連があるとお考えにならないでください」とそのまま書けば済むことをなぜ遠回しに書くのか。そもそも、「ホームページの内容が、法令や公序良俗に反する場合などにはリンクの削除をお願いすることがあります」と書くことで、利用者に「今ここにリンクがあるということは削除の依頼がなされなかったのだろう。だからきっと安全だ」という誤解を増やすだけではないか。
ということだ。
1つめの質問
この質問の意図はなかなか伝わらないことが多い。
私の書き方が悪い(というか意地悪?)なのだろう。
この質問はこういうことを意味していると、なぜか気がついてもらえない。
法令に反していると一見して判断できるサイトを見つけました。
そこに自分のサイトへリンクされていることが判明しました。
最初の対応として、
「リンクの削除をお願いします」
という連絡をするというのですか?
という意味なのだ。
「法令に反する*1場合などにはリンクの削除をお願いすることがあります」という言説は、「法令に反すると一見して判るサイトがあっても自分の所へのリンクを外してもらえればそれでいい」という態度を示してはいませんか?
ということでもある。
この指摘をした後に返事をもらった経験は皆無である……。
なんか結論めいたもの
こういうポリシーっていうのは、「こういうケースでこういう行動をします」ってことを書くものだろう。
他のサイトに書いてあるからってコピーしてくると、上の「1つめの質問」の項で指摘したように変な内容を取り込んでしまうことがある。
それだけならまぁ、まだいい。
「法令に反するサイトがあった時に、自分たちは『自分の所へのリンクを外してもらう』と依頼しますよ。それから先はしりません」という意味にとれますよ、と指摘しても何もしないってのは、自分の頭では何も考えていないんだな、とそう思うのだ。
たいてい、
実際はケースバイケースでの対応になるかと思います。
って回答が返ってくるわけで、それはつまり「ポリシーっていうのをなんだと思っているのさ?」ってことでもある。
だって、ケースバイケースになるなら、ポリシー(=原則)じゃないじゃん?
*1 ここでは「公序良俗に」を省いた方が、問題をよりクリアにする。
2007-03-14
■Webアプリケーションだけどローカル印刷したい
レンタルサーバーを使用したネットショップで、WEB管理ページに
商品登録を1品登録をすると、ローカルのパソコンから随時、
在庫管理用のバーコードが出力されるようなしたシステムは
無理なのでしょうか?
http://q.hatena.ne.jp/1173834806
2番の回答に「ほう」と思った。
鵜呑みはできないし、悪用が怖いというのもあるが、検討に値すると思った(なのでメモ)。
2007-03-13
■桜
この友人に東京近郊の桜の名所に案内してあげたいのですが、どこがいいでしょうか?できれば、造られた人工的な風景でなく、日本の自然や里山や文化を感じてもらえる場所がいいです。
http://q.hatena.ne.jp/1173719160
基本的に株分けで増えるわけだから「人の手の入っていない」桜の名所なんてないんじゃないだろうか?
現時点でオープンになってないので、どんな回答が集まっているのか……。
■西松屋 効率主義・生産性の向上が「忙しくない店」を産む
今週号の日経ビジネス、西松屋の記事。
マタニティ用品、ベビー用品から子供服までをカバーする店。
面白く読んだ。
徹底した効率主義――"効率"を言い換えるなら"生産性"――が目指すのが、「忙しくない店」であり「パートさんにしっかりと働いてもらう」環境だという。
記事から
スーパーのレジ要員を考える。店が煩雑してくることを考えるとそれをさばくレジ要員が必要になる。
しかし、レジが混雑していない間は逆に仕事がなくて暇を作ってしまう。
店やレジが混雑する前は商品の入れ換えの必要なども少ないわけだ。
そして忙しくなるとレジに忙殺される。
その時に売り場に目を配る人が必要になり……という悪循環。
西松屋は「忙しくない店」を目指す。
レジが混んでくればどうしてもレジのヘルプは必要になるものの、しかしその間もパートに入っている人の半分は売り場の方に出ている。
店長の役割が明確に示されていて、それは「パートさんにしっかりと働いてもらう」のだそうだ。
前日のうちにパートさんの仕事の配分を30分単位で計画しておく。それが店長のmustの仕事。
パートさんには決められた役割というのはなく、一人で何役もこなす。30分単位でスケジュールが決められているというのは慌ただしいようにも思えるが、記事からはそのような雰囲気はない*1。
店長のスケジュール決定はまるでパズルの様だ、と書いてあった。そのスケジュールに「接客」という項目はない。
私の目から見て
実際、私は西松屋に行く機会が多いのだけど、確かに、同じ業種の店である赤ちゃん本舗とは、店から受ける印象が正反対だ。
西松屋は天井が高くて商品も高いところに並んでいる。
赤ちゃん本舗で高いところに商品があるのは、おむつとかチャイルドシートなどの"壁際"しかなく、他にはディスプレイだ。
西松屋はレジが2つしかない。それでも混んでいるときでさえせいぜい4〜5人だ。
赤ちゃん本舗はレジは4つ5つある。それでもずらっと10人程度全てのレジに並んでいることもある。もちろん空いている時は空いてるけど。
西松屋の服の売り場はすべてハンガーがけだ(これは今日記事を読んで気がついた)。
赤ちゃん本舗の服の売り場はハンガーもあれば、たたんで棚に並んでいるのもある(つまり、散らかったらたたむ手間がかかるわけだ)。
西松屋は店舗の構成がシンプルだ。入り口、横にレジ。店の手前から奥へずっと伸びている陳列棚が5列。棚に切れ目はなく、途中に通路もない。おそらくは同じフレームで、ハンガーかけや間仕切り、棚にする横板で商品のヴァリエーションに対応している。違う形の陳列が必要なものは、外周の壁に集まっている(例えば離乳食の様な小さい箱のもの)。
赤ちゃん本舗は店の中がゾーンで分かれている。棚に置かれたもあれば、円形のハンガーもある。布団のコーナーは大きな棚で、離乳食のコーナーには小さい棚だ。
西松屋にはポイントカードが無い。個人情報の登録が無い。ダイレクトメールも来ない。
赤ちゃん本舗はポイントカードが無いと買い物ができない。
ちょっとWebで検索
が見つかった。
姫路市にある本社から、レイアウト変更などの指示を全店舗にメールを写真付きで送れば、全国の店舗が瞬時にして模様替えを行う。
とあるが、記事ではさらに進んでいる手法を紹介していた。
あらかじめ決められたアングルで店舗内の写真をデジカメで撮る。
そして店側から電子メールで送らせて、一括でテンポの陳列などをチェックするのだそうだ。
そして、「陳列のプロ」が改善策を店に提案し、数日後に結果をまた電子メールで送らせる。
実際に足で見て回らせるよりも効率。
再び、記事から
この様な効率化重視の最たるものが、年商が3億を超えたら周辺に新店を出して客を分散させる、というもの。
そして思うこと
「効率重視」と言われると、「決まった時間にどれだけ仕事をこなせるか」が指標になり、時間単位の仕事がどんどん増えていくようなイメージがあった。
それが「間違い」だということに気づかされた。
「効率重視」というのは、つまり「自分がやるべき仕事」に集中できる環境を整えることなのだな。それが「忙しくない店を目指す」というのに繋がるんだ。
もちろん、残念ながら、西松屋に見ることができるのはルーティンワークということが前提にある「効率重視」だ。
日々刻々と状況が変化し、それに対応する仕事をしている人にとっては何をか言わんやって思うのだろうけど。
でも、例えば、
に「ルーチン」という章がある。ここでいうルーチンはこういうものだとされている。
一度だけ考え、何度も行動するための手段
「効率重視」
「パートさんにしっかりと働いてもらう」
「忙しくない店を目指す」
キィワードはこの3つだと、そう思った。
■Mind Mapping Tool
マインドマップを作成する上で便利なソフトウェアを探しています。
http://q.hatena.ne.jp/1173630834
が最強だと思うけど日本語書けない。
FreeMindで似非マインドマップを書くよりは、PaintShopProあたりを使った方がマシだと私は思う(今1,780円で買えるしね)。
テキスト検索できないのは難点か……。
■フォーカスが無くてもホイール
フォーカスがあるウィンドウではなくて、マウスカーソルがいる位置のウィンドウに対して、マウスホイールのメッセージをリダイレクトしてくれる。
便利。というか、昔使っていたマウスでは、デバイスドライバがやってくれた機能で、最近使えなくて不満だったものだ。
ところで、「マウスカーソルがいる位置のウィンドウ」と言った時のこのウィンドウは、広義のウィンドウである。
「タイトルバーがあってシステムメニューがあって最小化ボタンや最大化ボタンや閉じるボタンがついている」と普通に想像する「ウィンドウ」とはちょっと意味が違う。
このプログラムを起動して、エクスプローラを起動する(Windows+E)。2つのペインのどちらにもスクロールバーを出した状態にして実験。
左のペインにフォーカスがある状態で、マウスを右ペイン上に置いてホイールすると右ペインがスクロールする。
この2つは、WindowsAPIから見て「別のウィンドウ」だということ。そういう意味で広義のウィンドウと言った。
いやもうこれが使えるとなったら元に戻れないわ〜。
ソース公開あり。オープンソースにアラズ。
(追記)
今なら Ztop 1択。
■セクションのフッタを整理
セクションの下のフッタを出しているpluginを新しいものに変更。
追加アイコンを消して参照アイコンのみに。
MM/Memoを無くして、livedoorクリップを追加。
*1 まぁ、取材して書いているんだから、そういうマイナス面がもしあっても書かないだろうけど。
2007-03-12
■集団痴
タイトルは語呂合わせなので気分を害されませぬ様に。
通例、"集団浅慮"という語が使われる様だ。
例えば。
複数人でおしゃべりしながら道を歩いている。
横断歩道。歩行者信号。
誰も赤信号だと気づかずに一歩踏み出してしまう。
車の流れに気がつき、慌てて戻る。
「他の誰かが信号を見ているだろう」という根拠の無い思いこみ。
「他の誰か」がいることによる思考停止。
例えば。
3〜4人で話をしている。
何か話を振ると、1〜2人が応じてくれる。
その時点で多数は、もしくは過半数。
話題に積極的に加わらない人も、まぁ、おとなしく聞いている。
ひとしきりその話題で盛り上がる。
そのうち別の話になる、もしくは取り残されている人に気を遣って別の話を振る。
ところが。
人数が多くなるとどうなるか。
少し"とんがった"話題を振って、他の1〜2人が応じてくれたとする。でも少数派。
残りの人を無視して、少ない人数で話を始めるか?
しない。
結果、当たり障りのない、大多数が加わることができる――けれども凡庸だったり内容が無かったりする――話題になる。
■集団知の逆を行く「他ユーザーの設定による回答拒否」というはてなの機能
集団知(Wisdom of Crowds)に関して書かれたごく初期のエントリを見る。
本書の主張は、ひとことでいえば、「適切な状況の下では、人々の集団は、その中で最も優れた個人よりも優れた判断を下すことができる」ということである。適切な条件とは、
H-Yamaguchi.net: The Wisdom of Crowds: Why the Many Are Smarter Than the Few and How Collective Wisdom Shapes Business,Economies, Societies and Nations
(1) 意見の多様性
(2) 各メンバーの独立性
(3) 分散化
(4) 意見集約のための優れたシステム
であり、
はてなにて、このたび動き始めた*1「他ユーザーの設定による回答拒否」は(1)(2)(4)の点で逆をいく。
- 投票システムと見なした時に、投票できるのは「回避拒否」の票だけであるので意見の多様性はない。
- 他ユーザの回避拒否設定を、吟味なしに自分の質問に適用するのはメンバーの独立性とは反対の方向だろう。
- (分散化については原著を読んでいない私では、誤解をしそうなのでコメントしない)
- 自分を拒否している人が誰なのかが判らない。自分を拒否している人が、いったん拒否の票を投じたあとで自分のその後の回答、それ以外の回答見て票を取り下げるとは思えない。同じ人を拒否している人の間にもつながりがない。
から辿れるページをざっと見たが、こういう視点から書いているものが無かったので。
■トラックバックした先で文字化けしてる〜
知らないうちにRubyのiconvモジュールが入った(のではないかと思うが確認してない)のが影響しているか?
あとで調べなきゃ。
*1 今まで"動いてなかった"ことについてとやかくいうつもりは無いので、こんな表現。

