2006-05-11
■本日の自己言及的文
「この文字は赤色だ」
自己言及文に見えるだろうか? そうだとすると、偽の文だということになる。
では、次の文章を考える。
デザイナが彼にモニタを向けた。
彼はそれを一瞥し、即座に言い放った。
「この文字は赤色だ」
怪訝な表情を一瞬だけ見せたデザイナに向けて、続けて言う。
「コーポレート・ブランドの統一ってやつだ。このロゴの文字は赤色でないと駄目だ。すぐに入れ替えろ。それと、これぐらいは自分でチェックしておけ」
その後も次々と指摘をしていった。
さてどうだろう?
「この文字は赤色だ」
は"必然的な自己言及的文でない"ということなのだろう。
■曽我町子さん ご冥福をお祈りいたします
GEOでデモを見かけたときに、曽我町子さんの出演を見て買おう、と思った。
で、注文しようとAmazonで見てみたら……。
曽我町子さんの、本当の遺作となりました
えええええええ!
5月7日ですか。本当にビックリしました。
心より、ご冥福をお祈りいたします。
「地上界に生きる者たちにステキな魔法をひとつ送ることにしよう。それぞれの者たちに勇気と力を」
マジに The Movie を見なくちゃいけないな。
……合掌。
追記
スラッシュドット ジャパンで取り上げられていた。読み流してしまったのか……。不覚。
■いきなり蹴つまずく
さてそろそろTXを持って歩こうかと思って朝触っていたら、この間いれたNetFrontでリセット。そのまま延々とリセットしつづける状態に。
しょうがないのでハードリセット。
そしたらSyncケーブルが見あたらない! (普段は無線LANでSyncしている)
やっとケーブルを見つけたのだけど、J-OSが有効になってくれない。まぁこれは手順を忘れただけの話なのですぐ解決するだろうけど……、運がない。
■あなたが10の理由を示すべきでない1の理由
- 10個も書くと、矛盾やトレードオフが入り込んで破綻してしまったりするから
あなたが10の理由を示すべき10の理由
結城浩のはてな日記
から、ふと思いついた。
■トリフィドの日 観た
というか「人類SOS」ね。トリフィドが海水で撃退できてしまう。
うーん。タルい。中だるみしすぎ。
というかプロットが弱い。主役らしき男性キャラクターが2人でてくるけど、結局最後まで会わずじまい。終わった感じがしないし、道中もストーリーが進んでいるような気がしない。
ストーリーという秘密兵器*1がなくてもいいからパワーで押し切る! みたいな迫力があるわけでもなし。
モンスターの造形って難しいなぁ、と思ったのは単体ではわりと怖そうに見えるトリフィドが、わらわらと群れになるとちょっとかわいらしさを感じるぐらい滑稽に見えること。
に出てくる、イギリスのTV番組版の方を観てみたいなぁ。
追記
これかな?
■谷川史子 in アワーズプラス
単行本にならないかもしれない、と思ったらとりあえず買う。
あ、でも 1 ってついてるぞ。続くのか?
いつもとちょっと雰囲気が違う気がするが……。そうか。主人公が男の方だからだ。
■陰陽師は式神を使わない 再読
なんか、ふと手にとって読み出したら止まらなくなった。
p192〜197
「あのね。僕の誕生日は七月二十一日なんで、普通に誕生日であてはめる太陽宮なら蟹座なんだけど、上昇宮は天秤座にあたるんだよね。そんでね、西洋占星術では上昇宮で占うのが本当なんだってさ。だからつまりね、雑誌に載っている星座占いは、僕の場合、蟹座じゃなくて天秤座の欄を読まなきゃ意味がないってことなわけ」
(略)(略)(略)
「(略)よって太陽宮は誕生日で決まっちゃうんだ。ところが上昇宮は、出生時刻に東の地平線を昇って見えてくる星座が当てはめられるわけ。(略)」
前に読んだ時は引用しなかったけど。
生まれた日、時間、場所から上昇宮を求めて知っておかないことには、雑誌に書いてある十二星座占いを読んでも無駄なわけだ。
そのぐらいの知識ならあったので、この部分は楽しんで読めたけど、この本で初めて知った人はどう思ったんだろう、とか考えてしまった。
p209
一定周期の倍数で整然と相似形に重なっているんならメタ構造って言うの。そうじゃないからフラクタル。全体の形が部分の形に近似するって意味。
メタ構造ってそういう意味だっけっか。
p221
誰もがみんな、自分がラッキー、自分がチャンス、そのためだけに占いを見てるんだ。自分の運気が上昇してる時であればこそ、下降運にある人を配慮してあげなければならないんだってふうに考えて、そのために占いをチェックしてる人なんてたぶん一人もいないだろうね。そういう物の見かたができるなら、無意味な偽伝の占いにだって大いなる意味が生じるのにさ。
引用だけ。
最初に読んだ時のエントリ。
木火土金水に兄弟(あにおとうと)で十干。それに十二支。この辺は情報科学のモジュロ(法)という考え方を知っていれば理解も早い。
prima materia diary - 陰陽師は式神を使わない, ソーシャルブックマーク×ニューラルネット
そうそう「干支」っていうのは、十二支だけじゃなくて十干とセットの概念なわけだけど、正しく使ってもなかなか他人には伝わらない。
読み返してみたら「干支」と書いて「えと」と読んでいない。主人公・太一郎君はこれを「かんし」と読んでいた。なるほどそれなら勘違いが起こらない。
なんか、昨日今日と漫画や映画や小説を見まくっているみたいに見えるけど、その前の何日かで漫画や映画や小説について全然書いていなかったから、ここでまとめて出現してきただけの話。
*1 なぜストーリーを秘密兵器に喩えたかは20050914.html#p04にて。
2006-05-10
■本日の自己言及的文
実は私、"自己言及"というものがどういうことなのか、ちゃんと理解していない。
論理学を専攻していたわけでもないし、素人向けのパズル要素が強い本を読んでいるだけ。G.E.B.も読書途中で止まっているという有様だ。
だからこそ、自己言及っぽい文をひねり出しては考えたり書いたりしている。
昨日のエントリも、後ろの2段落は"私の文"だがその前は"借り物の文"だ。
さて、結城さん(id:hyuki)からお題をいただいている。
この文は自己言及文ではありません。
結城浩のはてな日記
これだ。
パッと見て「パラドックスだ!」と思ってしまいたくなるが、ここはこらえてみよう。なにせ「"自己言及"というものがどういうことなのか、ちゃんと理解していない」のだから。
case 1
これが真に"自己言及ではない"場合。
「この文は自己言及文ではありません」は"真の命題"ということで終わり。
case 2
これが真に"自己言及である"場合。
「この文は自己言及文ではありません」は"偽の命題"ということで終わり。
case 3
これが"命題でない"場合。
素朴集合論に楔を打ち込んだ"ラッセルのパラドックス"に出てくる"あの集合"。あれがZFC公理系では"構成できない"のと同様に、この文が"命題として扱えない"という可能性は、ある。
case 4
真にパラドックスである場合。
別に解説はいらないだろう。
case 5
単独では"自己言及である"か"ない"かが定まらない場合。
例えば、
論理学では"自己言及"というのは××××として定義される。
したがって、
「この文は自己言及文ではありません」
は自己言及ではない(or 自己言及である or パラドックスである)。
というような文脈の配下では「この文は自己言及文ではありません」の真偽もしくはパラドックスであるかどうかは、前にある××××がどうなるかで変わってくる。もっとも、これは例としては正しくない。case 1 〜 case 3 ですでに言及しているのと同じことを言っているだけだから。
でも適切な例が思い浮かばないので勘弁して欲しい。
さて、本当のところはどうなんでしょう?
■バーテンダー 5
「オー・ド・ヴィー」
「ウシュク・ベーハー」
「アクアヴィット」
「ジーズナヤ・ヴァダー」
「ウィスケ・ベサ」
「ウスケベル」
「アクア・ウィタエ」
これら全て、「命の水」。
追記
「ジーズナヤ・ヴァダー」が「ウォッカ」になった、と本編で語られているが、「ウォッカ」はキリルで書くと「Водка」。原音に近いカタカナ表記は「ヴォトカ」、「ウォトカ」。子音のみの"д(デー)"が、後ろの清音に依って発音は「ト」になっている。
ブランデーに関して、
もともとは「オー・ド・ヴィー」と呼びます
と書いてあるけど、「ブランデー」は英語で、この名前はドイツ語の「ブラントヴァイン」、オランダ語の「ブラントヴィン」を由来とするようで、「焼きワイン」の意味。ラテン語の「アクアアルデンス」、「燃える水」も由来として挙げられる。
英語で「ardent sprits」といえば、「燃えるような酒」つまり「強い酒」になる。
ラテン語の「aqua vitae」の発音が「アクア・ウィタエ」に近いのか判らんかったが、これについてはからくりサーカスの表記に従った。
■タック&タカチの事件簿 ツー
解体諸因原作が3分の2か。パズラーなんだけど、テーマのせいで読後感がブラックな方向にバイアスがかかってしまう、という欠点があった。
その辺が大橋薫のヴィジュアルのおかげで救われている感じがする。
大橋薫が少女漫画の畑でホラーを描いているということもうまくハマっている。バラバラ死体の描写について、「気持ち悪い」描写と「怖い」描写、「どちらでもない」描写が考えられるけど、その辺の描き分けが意図的にできるんだろうなぁ。
追記
麦酒の家の冒険は中長編の漫画にならないだろうか? やっぱり無理かなぁ。
余談
本屋で、
を表紙買い――というか既視感を感じて、つい買ってしまったのだけど、後から気がついた。
この既視感は、
のせいだった。これリアルタイムで(つまり本誌で)読んでいたからなぁ。
■夢幻紳士 逢魔篇 とか
喝采!
GWに実家に帰った時に夢幻紳士一気読みをしてきた後に、この最新刊がでているのを知って早速購入。
やっぱいいわぁ。
で、だ。その一気読みをしてきた夢幻紳士がちょうど文庫になって再版。書き下ろしもあるし、元の本の保存状態が悪くて紙が劣化してきているのもあるし、結局買ってしまった。
2006-05-09
■論理学の初歩
もし私があなただったら、○○するだろう
これは必ず真になる。
論理学の初歩。AならばB の形の命題を考える。A が偽であるならば、この形の命題は常に真になる――あるいは、真とする。なぜそうなのかは、対偶を想像してみるといい。
てなわけで、最初の文は前提が必ず偽なので命題全体は「○○」がどんなに無茶なものであっても真になる。この様な言い方をする人は(本人が意識しているかどうかにかかっているが)詭弁を弄する類の人かもしれない。
もし私があなたの立場だったら、○○するだろう
こうならば問題ない(かもしれない)。この前提は発言の時点では偽なのだろうが、いずれ――もしくは、かつて――真となるかもしれない。その時には「○○」をしてくれることを期待していいかも。
まぁ、もっとも、肝心の命題が未来に渡って真であると発言者が保証しているわけではないのだけど。
■1=0
1=0を証明しよう。
\(X=1\)
とする
両辺にXをかけると、\(X^2=X\)
両辺から1を引くと \(X^2-1=X-1\)
因数分解して \((X+1)(X-1)=X-1\)
両辺を\(X-1\)
で割ると、\(X+1=1\)
移項して、\(X=1-1=0\)
仮定により、\(X=1\)
なので、\(X=1=0\)
。すなわち\(1=0\)
Q.E.D.
この手の話が好きな人には馴染みの問題だ。
で、「僕」が、0割りの問題が発生しそうだな、と思ったことに対してミルカさんが、
関数を使って見つけたことは内緒にしておいて、出てきた一般項を数学的帰納法で証明しちゃえばいいんだから
と「すました顔で」言うシーンがある。
0割りを許すと変な証明がいくらでもできる、と、これはそういう話。
■レベルが違う、ということ
「レベルが違う」という表現。
言った人、対象としたもの、文脈、そういったもので意味が変わる。
私はたいていこの表現――あるいはレベルという概念――を不連続なものと認識する。
ハードウェアに近い方が低レベル、ユーザに近い方が高レベル。
ネットワークのOSI階層。
まぁ、そんなアナロジー。
同じ存在が、別のレベルに移行することは、できない。
ドラゴンボールのキャラクターがよく口にしていた。「レベルが違いすぎる」
ロールプレイングゲームに出てきた。「レベル1の戦士は古強者ね」
これは、しかし連続している。
同じ存在がいつかは上のレベルへと移行する。その同じ存在のままで。
さて、前者の概念にあたる日本語はあるのだろうか?
わりと好きなのはパタリロに出てきた「階梯」という言葉。
例によって手許にないので正確に引用できないが、「お前も第3階梯の能力者か!」てな感じの台詞があったと思う。
"日常的に使わない"というただそれだけの理由で気に入っているのだけど、これは単に「階段」,「梯子」と同じ言葉だ(感じを見ればすぐ判る)。
さて、何かいい言葉はあるだろうか。
追記 13:50
レイヤ(layer)がいいかも、と思った。フォトレタッチの用語とかぶってしまうが。
というか、ネットワークのOSI階層では level じゃなくて layer だっけっか?
■ネット依存症?
日がな一日Webを見ているというわけではないけれど、PCが立ち上がっていてブラウザが表にある状態でないと落ち着かない。
本を読んだり、DVDを観たりはしているわけだが……、これは軽いネット依存症?
■本日の自己言及的文
この文を見た人は誰もいない
さて、"この文"はパラドックスだろうか?
実はこれはパラドックスではない。ただ"偽である"というだけの文だ。
で、上に書いた"この文"は、確かに偽である。私が見ているし、多分あなたも見てしまっているはずだ。
けれど、"この文"は必ず偽になるわけではない。
私が目を瞑って"この文"を紙に書いて、そのまま丸めてゴミとして捨てる。そうやって書いた"この文"は命題として真になる。偽にならない。
"この文"は"論理として必然的に偽になる"のではなくて、記述し公開するという行為によって"偽になる状況を作り上げる"文なのだ。
……ところで。このエントリに書かれた"この文"という表記は、それぞれが別のものを示しているわけで、頭がこんがらがるなぁ(と書いた"この文"の中に出てくる赤い色をつけた"この文"という表記もまた、他の"この文"とは別のものだし、この括弧の中の"この文"という表記ともまた別のもの)。
さて一体どの文が"本日の自己言及的文"だったのだろうか? と考えたら頭が痛くなった。
■(Web2.0) = (マルチメディア)
Web2.0のことって書いたことあったっけ? ロングテールとWeb進化論とを絡めて書いたことがあるけど。
ま、いいや。
Web2.0ってマルチメディアと同じなんだろう。
それが顕われた時にはそれについて多く語られ、それについて語られなくなった時にはそれは当たり前になっている。
2006-05-08
■コレクターとしての才能が無い
私にはコレクターとしての才能が無い。
もう、致命的なほど無い。
例えば、あるコミックスのある巻を他人の家で読んだり、立ち読みしてしまったりする。で、読み返す必要が無いな、と思ったら買わなかったりする。本棚に歯抜けの状態で並んでいる。
ある漫画の最後の3巻だけが好きだったりする。本棚にはその3冊しかない。
ウルトラマンの怪獣消しゴムも、車の消しゴムも、キン消しも――要はガチャガチャ全般だけど――、ビックリマンのシール*1も、ドリンクについているおまけも、食玩も、およそ"買い集めた"記憶がない。ま、食玩については"ある一つ"が欲しくて結果コンプリートになったことはあるけど。
もちろんトレーディングカードも集めてないし、ゲームをやっていて100%を目指したことなどほとんどない。
これは天賦の才なのだろうか。
違うだろうな。
子供時代にそうなるように育てられたわけだ。
「コレクターとしての才能がないオタク」というちょっと不思議な(と私は思っている)生物が、しかも二人、ここにいる。
なにが言いたかったかというと、
「僕はコレクターじゃない、僕はコレクターじゃない」
指輪世界の第二日記 - コレクターじゃないのおまじない
「何ですかそれは」
「静岡大学ゲーム研究会の名の知られぬ先覚のおまじないだ。コンプリートしようとするな、それは他人にまかせておけ、といったような意味だ。コンプリートには一利がある。情報が保証される。」
「僕はコレクターじゃない」じゃなくて、「僕にはコレクターの素質がない」の方が暗示としてはいいんではないかと、ただそれだけのことだったりして。
■TXにNetFrontを入れてみたり
ここを参考にして。
あと、指の腹でのタップしたり、爪でなぞったりするのが認識されなくて操作しづらかった。ちょっと悩んだ末、思い切って液晶保護シートを買い換えてみた。快適になった。よかった〜。
*1 天使vs悪魔シリーズよりも前のシリーズだ!
2006-05-07
■Javaで引っかかるところ
Javaならインタフェース?インナークラス?ジェネリクス?
結城浩のはてな日記 - プログラミング言語で引っかかるところ
「インナークラス」じゃなくて、「ネストされたクラス全般」に一票。
内部クラス(inner class)、メンバクラス(member class)、静的なネストクラス、無名インナークラス(anonymous inner classe)などなど。
new java.awt.event.ActionListener a =
new java.awt.event.ActionListener() {
public void actionPerformed(ActionEvent e) {
...
}
};
とか。
なんで interface に new が付くの!? と初めに見たときは思ったものです。
■ネット詐欺
今日、漫画喫茶で、
を読んできたところ。
これは是非引用したい。手許に置きたいということで買ってきた。
ネット詐欺、というサブタイトルで5話連続で掲載している。
理由もなく"インターネット怖い"と思っている方には、いい読み物だとは思った。
が、なんか表面をなぞっただけ、という印象。
一応作品の紹介をしないと話が続けられないか。
主人公は詐欺師。ただし、詐欺師だけを相手にする詐欺師だ。過去に父親が詐欺にあって心中を図り、主人公独りだけ生き残った、という主人公の動機付けがある。主人公はクロサギと称され、彼の詐欺の相手――つまり"普通の"詐欺師はシロサギと称されている。
この「ネット詐欺」のシリーズで、これじゃ駄目だ! と思わせる点が一つ。
シロサギがバカにしか――あるいはコンピュータ素人にしか見えない、ということ。
フィッシング詐欺用に、偽サイトを作る。ウィンドウを2つ並べているモニタ。
「どうです? 右が本物のひまわり銀行のサイト、左が俺が作った偽サイトです。」
「見事なもんだな。どこから見ても、本物だ。」
いや、それ全然「見事」じゃないし。それだけなら誰でもできるじゃん。
フィッシング詐欺のキモは、「本物そっくりな偽サイトを作る」ところじゃなくて「偽サイトに如何にして誘導し、そして気付かせないか」だ。「本物そっくりな偽サイトを作る」だけなら、あっというまにできるだろう。
名簿屋から名簿を買い付けるシロサギ。
圧縮し、メールで送られる名簿(この時点ですでに非常に間抜けっぽいが)。
解凍するとでてくる3つのフォルダ。
だが3つめのフォルダはクリックしても開かない。
「フォルダが壊れてるのかもしれませんね……
エラーは出ませんけど。」
「あとで児玉(引用者註:名簿屋の名前)に文句言ってやる。とりあえず名簿は保存しておけ。」
ハァ? それだけ? それでいいのか!?
……
で、案の定その3つ目のフォルダはトロイであるわけだが……、
「あの、ウイルスメールが効いてくるわけだ……!」
「"Phaming"――か」
「そう……あのウイルスはパソコンに感染すると、パソコン内のhostsファイルの内容を書き換えるように作られてる。」
それ、ウイルス?
感染したっていうの?
ていうかhostsファイル書き換えって……(脱力)。
いや、まぁいいんだけどね。主人公はシロサギの上を行かなければならず、そのためにはシロサギはある程度間抜けに描かれる必要があるわけで。
この巻を読んで、
で書いた「偽の発信者電話番号を送りつけて電話する」というのがどういうことか判ったのは良かった。
なんて書いていたら、
こんな内容のプログラムは.exe形式で作成する必然性は全くなく、Web上で安全性が保証されたプログラム(JavaScriptや、Javaアプレットや、Flashコンテンツや、サーバサイドのプログラム)で実現できるのであり、できるだけそうした方法でプログラムを提供するというのが、近代的なソフトウェア配布のあるべき姿とされつつあるところ、それをITmediaがブチ壊した。
高木浩光@自宅の日記 - Greasemonkey利用者の感覚と不正指令電磁的記録作成罪立法者の感覚
高田さんがこう書かれていていて「本当にね」と思った次第。
■package で引っかかったこと
何かの雑誌で読んだのだと思うけど、もう思い出せないし正確な引用もままならない。
でも、もう"やっちまった"後だったので、"そう。本当にその通りなんだよなぁ"と思いながら読んだこと。
業務のサブシステムと、Java の package は違う概念だ。一緒にしてはいけない。
つまり、package を業務のサブシステムごとに分割してはいけない。
"してはいけない"という調子だったか、"するべきではない"ぐらいだったか、そのへんのニュアンスは思い出せない。
何の断わりもなくサブシステムと書いているが、まぁ、10年ぐらい前にSEになった私が配属当時あたりまえに聞いていた言葉である。生産管理のシステムなら、生産計画,在庫管理,作業工程管理,受注・出荷管理あたりがサブシステムか。
サブシステムごとに package を作ることになったのだけど、特に異議を唱えずに進んでいって、後から後悔した、と。まぁそういう経験があったので、くだんの雑誌を読んだ時に"その通りだなぁ"と思ったのだ。
なんでこんなことを書こうと思ったかというと、
サブシステム間でクラスを共有する場合、相手のサブシステムに公開したくないクラスは必然的に同一パッケージに入れる必要があり、管理が難しくなると思いますが、実際現場ではどのようにされているのでしょうか。
人力検索はてな - Javaのメソッドにおけるアクセス修飾子は、 同一クラス内である(private)か否か パッケージプライベートである(なし,protected)か否か サブクラスである(protected)か否か..
てな質問を見かけたから。
■あれ?
今気がついたのだけど、昨日の日付で追記していたのか。
トラックバックしたのもあるし移動はしないでおこう。

