2006-01-12 雑記 今日はPerlと格闘中
■CURE
再見。
これ、記憶だと確か正月に公開してたんだよなぁ。すごいぞ配給会社。(とか言って事実と違っていたら悲しい。公開っていうのは仙台での話ね。)
前に観た時は"気味悪い"印象が強くすぎてうまく内容を呑み込めてなかったんだな、と改めて判った。
あるいは、MADLAXを観たあとだからうまいことピースをはめ込むことができるのだろうか。
中盤、役所広司がファミレスで料理の大部分を残したまま皿をさげてもらうシーンがある。
で、ラストに、きっちりと食べ終わった後にそのうえコーヒーを持ってきてもらうシーンがある。
最初に観た時には、その部分に言葉にできないが、どこがどうとは言えないがとにかく怖い、と感じた。
そこの印象は今回も変わらず。
そして——果たして——戦慄のラストカットがやってきた。
……んー。このラストカット、すっかり忘れていた。その前の、料理を全部食べきった役所広司のカットがそんなに印象強かったのだろうか。
しかしまぁ、よくぞこの映画に「CURE」という題名を付けたもんだ。
■適切な回答をするより、適切な質問をする方が難しい
し、内容に気を使う。
まぁ、当たり前。
自分が判っていることを書くよりことも、自分が判っていないことを何が判らないか相手に判る様に書くことの方が、ずっと難しい。
森博嗣先生は、大学の授業の中でテストなど一切しないとのこと。
じゃあ、どうやって成績をつけるかというと、それは、
という本になっている。
学生全員に毎回質問をさせているのだそうだ。
そして次の授業までに、それらを集めてワープロで打ち直し、ここに回答をつけて配る。
引用しよう。
たとえば、就職の面接で、「何か質問はありませんか?」と面接員に尋ねられたとき、的確な質問ができるかどうか、そこで評価される。(略) 会話の中で、議論の中で、何が不足しているのかを常に意識し、それを的確に把握して質問をする能力が重要であり、つまり問題を考える行為に集約される。
したがって、本当に人の能力を観たいときには、何を答えるかではなく、何を問うか、を観るべきであって、現にそうした評価がなされている場合が多い。
私も、「何が問題なのかまだ自分で把握していない」状況で人力検索はてな上で質問をして、結局あとで自分で調べていったら「何て馬鹿な質問をしてしまったんだろう」と思ったこともある。私はその時、それを「恥ずかしいこと」だと感じた(Myはてなの中の自分の質問履歴から消したいと思う人は多かろう)。
2006-01-11 ACアダプタの差し込み口の調子が悪いのさ〜
■さすがAppleは目のつけどころが違う
電源供給はMagSafeと呼ばれるコネクタで行われる。これは磁石で電源アダプタをボディに吸着させるもので、万が一電源コードを足などに引っかけてしまった場合、ボディから外れて事故を防ぐことができる。
Macworld:AppleブースでMacBook Proを展示 - nikkeibp.jp - IT
ACアダプタの本体側差し込み口って、耐用回数意外と低いんではと思ってた(というか、ウチのマシンはその部分だけ不調だし)。
これはスタンダードになって欲しい。
……引用文だけだと私が何をいいたいのかいまいち判らないかも。動画を見ての判断なのでそちらへのリンクも。
2006-01-10 CMS,秘神
■コンテンツ,メタコンテンツ,メディア
「メタ」って何だろう? と考えるとすぐに頭に浮かぶのは、押井守監督の映画「トーキングヘッド」の台詞。
語られた映画とは実は常に映画の記憶のことでしかない
指し示すことはおろか引用すら出来ず
語ろうとする時には呈示することも不可能で
しかも他者との共時的体験すらない個的な経験
それが映画を観るという行為の実相だ
人は自分が観たものを言葉で表すことは出来ない
観るということと観たことを言葉で表すということの間には
結局は何の関係もないんだから
映画を観ること
観たこと
観た映画について語ること
そして映画を観ることについて語ること
これらの行為の間にはいかなる共通項も存在しないし
複数の人間の間に於いてはもちろん
同一の個人にとっても一本の映画が同じ体験として我々の前に立ち現われることは
テキストとしてのフィルムが単一の存在であるという幻想を前提としてしか……ありえない
■気合い入ってるなぁ AA
上部に参考がでていた。
今回の件はどう見ても、楽天のポイントシステムのミスだが、虚偽のアカウント登録は規約で禁止されている。
#探偵ファイル/スパイ日記
虚偽のアカウント登録は規約で禁止されている、ってとこがミソだな。
■より良いCMSを作る
ふむ。ほぼ1年前に書かれた文章か。
自分が考えていたことが、すでに文章という形で世に存在する、というのは嬉しいことでもあり、ちょっとくやしいことでもあるのだなぁ、と思った。
ものすごく共感した(というのはつまり、いずれは自分の言葉で書きたかったことでもあるわけだ……)のは2つ。
システムを使い始めて最初の数分のうちにうまくいっているという感覚を得たいのだ。
そう。最初の数分が、そのCMSの印象(論理的な評価ではなくて、感覚的な評価)を決める*1。
その点ではXOOPSはひどかった。Drupalは「ページとストーリーってどう使い分けるの?」だった。Joomlaは「ずいぶんとリッチコンテンツな編集画面だな」だった。
そして使わなくなってしまえば、その印象だけが残ってしまう。
一般公開するウェブサイトのユーザに、その CMS にログインする手段を決して、決して見せるべきではない。
XOOPSやDrupalで気になったことだ。その通りだと思う。
はどうしたか?
- ユーザログインや作成のためのブロックを消した。
- ところが、それだと編集のためのユーザでログインした状態でも、編集のためのメニューが消えてしまう(なにそれ? と思った)。
- そのブロックはユーザごとに表示/非表示を決める設定にして、管理者とコンテンツ編集者のみで表示するようにした。
- それだけではURLハックで簡単にユーザ作成ができてしまうので、作成したユーザにデフォルトで与えられる権限を弱めた。つまりゲストと同じ権限にしてしまった。
- コンテンツ編集者という権限を作って、自分のログインIDをそこに引き上げた。
てなわけだ。
あとは「コラム」は「カラム」にした方がいいよな、と思ったが些細な話。
■秘神
日本の作家によるCthulhu mythosのアンソロジー。
井上雅彦の「碧の血(あおのしるし)」が圧倒的だった。
残虐な描写,奇怪な描写が強く出ているにもかかわらず、圧倒的なまでに綺麗な雰囲気を残す。作者が得意とするロマンティシズムという素地があるからか(素地と言っているのは、他の緒作品を読んでいるという事実のこと)。
そんな奇麗なヴィジュアル性が、Cthulhuものらしからぬ印象を与える点がある意味ではマイナスではある。
だけど、それは読み終えて冷静になってから考えたことであって、読んでいる間はかなりのめり込んだ。
久々に、井上雅彦の——いや、言葉の力に圧倒された。
刷数が少ないだろうし、増刷の期待もかけられないし、入手しにくいというのは実に残念である。
そうそう。
これは、
中の、印象の強さという点ではトップレベルに位置する、田中啓文の「新鮮なニグ・ジュギベ・グァのソテー。キウイソース掛け」からの拝借か。
■親指シフト〜
と叫んでみる。
It will be an open-source keyboard, SDK will be available.
オープンソース……使い方、ちょっと間違ってないか?
It will most likely use the OLED technology (e-paper is sooo slow).
わはははは。
There’s no snow in Moscow in summer.
Frequently Answered……なんだろうな。
まぁ……、API公開されたら、だろうな。
*1 別にCMSに限らないって?
2006-01-09 リベリオン
■ディストピア
昨日、
ある社会,組織,コミュニティの中で、それに参加し利益を享受しているという理由から、批判が許されないとでも? それは、典型的なディストピアでは?
なんて書いたけど、「リベリオン」は典型的ディストピアを描いた作品でもある。
……考えてみたけど、ディストピアをテーマにした映画ってほとんど見ていないな。
ディストピアをテーマにしたTRPGといえば「PARANOIA」だろう。
舞台設定もparanoiacなディストピアだし、それだけにとどまらずプレイスタイルも普通のTRPGとは違う、paraniacなプレイが要求される。
紹介文とかを見ている分にはものすごい強烈な印象を残してくれる。
■リベリオン
先週売りのサンデーの巻末。
作家への質問。「昨年観た映画の中で一番面白かった作品は何ですか?」
焼きたて!! ジャぱん の橋口たかし先生の答えは……、
だった。
思わず喝采してしまった。確かに以前もとりあげて誉めていたけど、まさか「昨年観た映画の中で一番」に挙げるとは。
なんとなくもう一度見たくなって借りてきた。
アクションは格好いいのだ。しかも独創的。前にどっかで見たような画だなぁ、ということがない。
チャンバーに弾丸が入っている状態で組み手をするなんて、そんな馬鹿な——これは褒め言葉——アクション、誰が考えたんだろう。
ストーリーは、前回見た時には華氏451のパクリじゃん、ぐらいにしか思わなかったのだけど、今回見ると……意外なことに1回目よりも面白く感じた。
ストーリーの行く末を知った状態で見ているから、細かい演技,表情に意味を見いだすことができる。
1回目に見た時よりも評価が高まった。
これは「面白い映画」の必要条件だ(十分条件ではないが)。
2006-01-08 人力検索はてな
■人力検索はてな
やっぱりね、ずっともやもやしているところがあって気持ちが悪いので書き記しておこうと思うのですよ。
http://www.hatena.ne.jp/iwashi?mode=treedetail&thread=0000017456
から続く(とはいってもこのいわしが始まりというわけではないのだけど)件。
どこから語ろうか。
はてなを見て回答とかするようになって1年ちょっとだ。
いつごろかは忘れた。
自分が回答してきた質問の履歴を眺めていて気が付いたことがあった。
ある特定の人のトラックバックが多い。
id:dasm氏だ。
的を射ていない回答、何を質問したいのかを自覚できていない質問、的確な回答が出たにも関わらず続行される質問。まぁ、そんなところへのツッコミだ。
だけど突出して、特定の回答者への攻撃(そう、明らかに攻撃だった)が多い。
攻撃の対象は、aki73ix氏。
私が見ているのはdasm氏のダイアリーとaki73ix氏の回答だ。
まず、dasm氏のダイアリー。
aki73ix氏に対するものの中には"これはいいがかりに近いな"と思うものも、少なくない(だからこそ"攻撃"という印象を持ったのだけど)。
aki73ix氏以外であれば同感できるものは多い。
aki73ix氏の回答。
私が目にするものはコンピュータのカテゴリのものが多いわけだけど*1「限りなく黒に近いグレー」と思うものがある。
自分が開発しているソフトに機能追加して回答する、というのがそれだ。黒、といったのは規約違反ということね。冷静に考えてみて規約違反とは言えないと考えるが、「それはありか?」と感じてしまうのも事実。
今回のいわしの発端となった質問を見てみると「はてなのシステム上、回答は2回までしかできないので、さらに修正が必要であれば、こちらのダイアリの方に修正して書き込みます」とあって、それはさすがに規約違反だと思った。
さて、今回のいわしの件。
dasm氏の1番目の投稿。これはアンフェアだと思った。表題と、内容が乖離している。内容が真実だとしても、蓋然性しかないのに表題は非常に断定的だ。この構造、ミスリーディングに近い。
あともう一つ。id:xxx_es_xxx氏の最初の発言。ここにどうしても言及したい一文がある。
それ以外の発言はもうどうでもいい。私の発言も含めて、流れも、言葉も、情報も混乱しているし結局はどこまでが真実かは判らないところでやりとりをしているわけで、全部眺めていても時間の無駄。
で、xxx_es_xxx氏の最初の発言。
そして、「はてな」ユーザーのdasmさんは、「はてな」を馬鹿にするような発言までしています。
この部分が、全く理解できない。何がいいたいのだろうか?
「はてな」ユーザーは「はてな」を馬鹿にするような発言をしてはいけないとでも?
ある社会,組織,コミュニティの中で、それに参加し利益を享受しているという理由から、批判が許されないとでも? それは、典型的なディストピアでは?
そう、この一文が無ければ、今、こうしてこんなことを書いてはいないんだよなぁ。
他の人たちの意見は、全面的に賛同するということはないにせよ、一定の理解もできるのだけどねぇ。で、dasm氏の応援をする気もなければ*2、aki73ix氏の擁護をするつもりもない。
だけど、xxx_es_xxx氏のこの一文だけは、どうにももやもやが残るところがあって、やっぱり何かを言わずにはいられない。そうするとdasm氏やaki73ix氏についてもある程度書かなきゃいけないわけで、こんなんなってしまった。
話変わって、
第5条(ユーザーの責任)
3.ユーザーが他人の名誉を毀損した場合、プライバシー権を侵害した場合、著作権法に違反する行為を行った場合その他他人の権利を侵害した場合、当該ユーザーは自身の責任と費用において解決しなければならず、当社は一切の責任を負いません。
この内容は、「した側」だけど、された側は?
ε∫ - 規約とは??なに
は、
にしたがって、名誉毀損の告訴の手続きをする意志をはてなに伝え、はてなとのやりとりの上で発信者情報開示→警察への告訴って流れではないでしょうか?
■人力検索はてな
はてなを見てきて1年経って思うことは、質問の質,回答の質が変化しているなぁということ。あぁ、質というのは善し悪しという意味も含んでいるけど、性質というニュアンスも込みで使っている。
金銭とポイントが等価である点(完全に等価というわけではないにせよ)。ポイントを使って質問をし、回答をするとポイントがもらえるという仕組み。
そのシステムが良くない方向に進んでいるのではないか? という感じがしてきた。
だけど、これはまだうまく言葉にはならない、ただの雑文。

