2005-12-10 集合とか無限とか極限とか
■TeX 極限
……なんで「TeX 極限」の検索の上位に食い込んでくるのだろうか?
まぁ、いいや。追記しておこう。
\lim_{n \rightarrow \infty}a_n
\(\normalsize\displaystyle~\lim_{n~\rightarrow~\infty}a_n\)
……TeX で検索してここに来た人は、どうかイメージのalt属性を見てください。ということでよろしく。右クリックからShow Sourceでどうぞ。
「TeX 自然数の集合」という検索からのアクセスも多いなぁ。
n \in {\mathbb N}
かしらん。
\(n~\in~{\mathbb~N}\)
の方がいいか。
referer をチェックされているので、画像がちゃんと出ない場合はその辺の問題ですよ。っと。
追記
もしかして、
\lim_{n \to \infty}a_n
が普通?
\(\normalsize\displaystyle~\lim_{n~\to~\infty}a_n\)
追記
このエントリを執筆当時は mimeTeX を使用していましたが、今は javascript ライブラリの jsMath を使ってます。
さらに追記
今はMathJaxになりました。
■雑感
以下の2つのエントリは、セットになっています。
1つ目のエントリ、
を書いた時点で2つ目のエントリの
への流れは見えていました。
ですが、時間的な理由と、2つ目のエントリの途中で1つめのエントリの冒頭の文が活きてくることが見えたという構成上の理由から2つに分けました。
それにしても……、\(\normalsize\displaystyle~\alpha\)
は"アルファ"に見えなくて、普通のアルファベットの"a"(TeXだとこう→ \(\normalsize\displaystyle~a\)
)との区別もつかないですね。
\(\normalsize\displaystyle~n_0\)
も、"nに下付の0"(HTMLだとこう→ n0 )に見えません。
部分的にTeXで書いたものを普通のHTMLに書き直した方がいいのかも……。
意図的にすごく遠回りをしましたが、
\(\normalsize\displaystyle~\sum_{i~=~1}^{n}~1\)
これが自然数の定義です。そしてn→∞の極限を考えれば、
\(\normalsize\displaystyle~\lim_{n~\rightarrow~\infty}~\sum_{i~=~1}^{n}~1\)
ということ。これは「正の無限大に発散する」。けれども「自然数」ではないでしょうか。
に対する回答は簡潔です。
\(\normalsize\displaystyle~\lim_{n~\rightarrow~\infty}~\sum_{i~=~1}^{n}~1~=~+\infty\)
であり、単に「自然数の数列は正の無限大に発散する」すなわち「自然数は無限に存在する」ということを、総和の記号\(\sum\) と数列の極限という数学的な道具で表現しただけのことです。
したがってこれは自然数を表現するものではありません。
でよかったんですけどね。
追記 23:40
あえて触れないでおいたのですが、やっぱり誰かに指摘される前に書いてしまいます。
\(\normalsize\displaystyle~\sum_{i~=~1}^{n}~1\)
これが自然数の定義です。
これを「自然数の定義」と呼ぶのはまずいです。
iに対して1からnまで数え上げるためには先に自然数が定義されていなければなりません。なので自家撞着(言葉の使い方あってる?)になってしまっています。
それに目を瞑って、
自然数nを\(\normalsize\displaystyle~\sum_{i~=~1}^{n}~1\) と表記することができます。
という文にすれば、以降の話に影響がないはずですが(だから特に指摘しなかった)。
■無限とか極限とか その続き
「自然数は無限に存在する」という言葉を言い換えると、「どんな自然数 n に対してもそれよりも大きな自然数 m が存在する」となります。
「自然数は無限に存在する」ということは「『他のどんな自然数よりも大きな自然数』なんていうものは存在しない」ということでもあるのですよ。
もし仮に「有限の桁数では表記できない自然数がある」ことを認めてしまったら――それを上の「どんな自然数 n に対してもそれよりも大きな自然数 m が存在する」の n に当てはめた時に、それよりも大きな自然数 m はどのように表記すればいいのでしょうか?
これはまぁ、背理法の様なものなので。
それよりも大きな自然数 m はどのように表記すればいいのでしょうか? 表記する方法は無いですね? ということは「有限の桁数では表記できない自然数がある」という前提は間違いなのです。
と続けたかっただけです。
次。
\(\normalsize\displaystyle~\sum_{i~=~1}^{n}~1\)
Log of ROYGB - 有限の桁で表現できる無限の数
これが自然数の定義です。そしてn→∞の極限を考えれば、
\(\normalsize\displaystyle~\lim_{n~\rightarrow~\infty}~\sum_{i~=~1}^{n}~1\)
ということ。これは「正の無限大に発散する」。けれども「自然数」ではないでしょうか。x > 0 の時、1/x > 0 です。1/x が 0 になることは決してありませんね?
でも、\(\normalsize\displaystyle~\lim_{x~\rightarrow~\infty}~\frac{1}{x}\) は 0 です。
なぜこうなるのでしょう?
もっと厳密に数列の極限というものを考えます。
Wikipediaの"極限"の項目から引用しましょう。
これによれば、数列\(\{a_n\}\) がある値αに収束するとは、次のようなことを言う。
\(\normalsize\displaystyle~\forall~\varepsilon>0~\;\exists~n_0\;~\textrm{~s.t~}\;~\bigg[n>n_0\Rightarrow~|a_n~-~\alpha|<\epsilon\bigg]\)
なんのことだから判らない? 言葉で説明しましょう。
0より大きなどんな\(\epsilon\)
に対しても、\(n_0~<~n\)
なる\(n\)
について\(a_n\)
とαとの差が\(\epsilon\)
より小さくなるような\(n_0\)
が存在する。
もう一度、ほんの少しだけ言い換えて書き直します。
0より大きなどんな小さな数\(\epsilon\)
に対しても、ある項\(a_{n_0}\)
以降の全ての項で\(a_n\)
とαとの差が\(\epsilon\)
より小さくなるという、そんな\(n_0\)
が必ず――数列をどんどんどんどん先に進めていくことでやがて必ず――見つかる。
そのような性質を数列\(a_n\)
が持っている場合、数列\(a_n\)
は収束するといい、そのαを極限といいます。そして、そのことを、
\(\normalsize\displaystyle~\lim_{x~\rightarrow~\infty}~a_n\)
= α
と表記します。
「1/x が 0 になることは決してない」という事実があっても、数列\(\normalsize\displaystyle~\frac{1}{x}\)
が0に収束する以上、\(\normalsize\displaystyle~\lim_{x~\rightarrow~\infty}~\frac{1}{x}~=~0\)
と書けるのは当然です。
ふう。
ずいぶんと前振りが長くなってしまいました。
そろそろ本題に入っていきましょう。
今度は、数列\(a_n\)
が無限大に発散する、ということを厳密に考えるとどうなるでしょう?
私も面倒なので数式は書きません。
0より大きなどんな\(\epsilon\)
に対しても、数列のある項\(a_{n_0}\)
以降の全ての項で\(a_n~>~\epsilon\)
となるような\(n_0\)
が存在する。
ほんのちょっとだけ言い換えます。
どんな大きな数\(\epsilon\)
に対しても、数列のある項\(a_{n_0}\)
以降の全ての項で\(a_n~>~\epsilon\)
であるような\(n_0\)
が必ず存在する。
ここまではいいでしょうか?
どんな大きな数\(\epsilon\)
に対しても、数列のある項\(a_{n_0}\)
以降の全ての項で\(a_n~>~\epsilon\)
であるような\(n_0\)
が必ず存在する。
これに似た文をどこかで見ましたね。
前のエントリと今回のエントリの冒頭です。
「自然数は無限に存在する」という言葉を言い換えると、「どんな自然数 n に対してもそれよりも大きな自然数 m が存在する」となります。
n はそのまま\(\epsilon\)
に対応します。
自然数を一つの数列と見なすと、自然数 m は数列の「m 番目の項」になります。
どうでしょう? そっくりじゃないですか?
今までの議論を踏まえて、id:ROYGB さんの記述、
\(\normalsize\displaystyle~\sum_{i~=~1}^{n}~1\)
これが自然数の定義です。そしてn→∞の極限を考えれば、
\(\normalsize\displaystyle~\lim_{n~\rightarrow~\infty}~\sum_{i~=~1}^{n}~1\)
ということ。これは「正の無限大に発散する」。けれども「自然数」ではないでしょうか。
を振り返ってみてみます。
\(\normalsize\displaystyle~\lim_{n~\rightarrow~\infty}~\sum_{i~=~1}^{n}~1~=~+\infty\)
これは文字通りには、数列\(\sum_{i~=~1}^{n}~1\)
は正の無限大に発散する、ということを表現しています。
これが意味するところは、一体なんでしょうか?
単純にして明解なある1つの事実の、単なる別の表現でしかないのです。
「自然数の数列は正の無限大に発散する」。
それはすなわち、「自然数は無限に存在する」。
■無限とか極限とか 疑問に質問を以て返すメソッド
しかしながら、「自然数は無限に存在するが、個々の自然数は有限である」ということらしいいです。
Log of ROYGB - 有限の桁で表現できる無限の数
「自然数は無限に存在する」という言葉を言い換えると、「どんな自然数 n に対してもそれよりも大きな自然数 m が存在する」となります。
証明はしませんが「どんな自然数 n に対してもそれよりも桁数の大きな自然数 m が存在する」も成立するでしょう。
さて自然数 n の桁数は?
んー。あまり適切では無かったか。
仕切り直し。
「自然数は無限に存在する」という言葉を言い換えると、「どんな自然数 n に対してもそれよりも大きな自然数 m が存在する」となります。
「自然数は無限に存在する」ということは「『他のどんな自然数よりも大きな自然数』なんていうものは存在しない」ということでもあるのですよ。
もし仮に「有限の桁数では表記できない自然数がある」ことを認めてしまったら――それを上の「どんな自然数 n に対してもそれよりも大きな自然数 m が存在する」の n に当てはめた時に、それよりも大きな自然数 m はどのように表記すればいいのでしょうか?
\(\normalsize\displaystyle~\sum_{i~=~1}^{n}~1\)
Log of ROYGB - 有限の桁で表現できる無限の数
これが自然数の定義です。そしてn→∞の極限を考えれば、
\(\normalsize\displaystyle~\lim_{n~\rightarrow~\infty}~\sum_{i~=~1}^{n}~1\)
ということ。これは「正の無限大に発散する」。けれども「自然数」ではないでしょうか。
x > 0 の時、1/x > 0 です。1/x が 0 になることは決してありませんね?
でも、\(\normalsize\displaystyle~\lim_{x~\rightarrow~\infty}~\frac{1}{x}\)
は 0 です。
なぜこうなるのでしょう?
■集合のお話とか
思えば、
無限に関する質問です。
http://www.hatena.ne.jp/1130932358
から続いている「2のべき乗の集合のべき集合」絡みの問題について整理していないのでこれをやってみよう。
集合 A を2のべき乗の集合とする。つまり、
\(~A~=~\{~2^{n}~|~n~\in~N\}\)
である。(\(~N\)
は自然数の集合、ただし0を含む)
簡単に書くと、\(\normalsize\displaystyle~A~=~\{1,~2,~4,~8,~16,~\cdots\}\)
ということ。
Aのべき集合を考える。(べき集合の記号は\(~2^{A}\)
であるがややこしいので当面使わない。)
\(\normalsize\displaystyle~\{\phi,~\{1\},~\{2\},~\{1,2\},~\{4\},~\{1,4\},~\{2,4\},~\{1,2,4\},~\{8\},~\cdots\}\)
という集合になる。
空集合はとりあえず無視するとして、その他の元について「その要素の和」を考えてみる。
実は先の記述は意図的な並び方で書いた。
要素の和をとると、\(\normalsize\displaystyle(1,~2,~3,~4,~5,~6,~7,~8,~\cdots)\)
となる様に並べている。
つまり、元の「要素の和を取る」ことは、「2進数で自然数を表現する」ことに他ならない、ということだ。
ここまででおかしなことが起きている。
Aは可算無限集合である。
Aのべき集合は連続無限集合である。(カントールによる証明は割愛)
にもかかわらず、Aのべき集合の元について「要素の和を取る」ことで「自然数」と対応がとれている様に見える。これではAのべき集合が可算無限集合であるということになってしまうのではないか? という疑問がでてきた。
もちろん、そんなことはありえない。
実は、欺瞞――トリックが存在する。
何か。
Aのべき集合は連続無限集合であることは最初から判っている。
にも関わらず、
\(\normalsize\displaystyle~\{\phi,~\{1\},~\{2\},~\{1,2\},~\{4\},~\{1,4\},~\{2,4\},~\{1,2,4\},~\{8\},~\cdots\)
というように、いかにも要素に順番を付けることができるかの様に並べて書いたことだ。
そう。可算無限集合で無いことを知っていながらも可算無限集合に見える様に意図的に記述した。
Aのべき集合の中には、A自身も含まれている。その「要素の和を取る」と果たしてどうなるか?
\(\normalsize\displaystyle~\sum_{i~=~0}^{\infty}~2^{i}\)
となる。これは正の無限大に発散し、すなわち「自然数」ではない。
Aのべき集合の元には、有限集合もあれば、(A自身の様に)無限集合も存在する。
「要素の和を取る」ことができるのは、Aのべき集合の元のうち、有限集合の元だけだ。無限集合の元について「要素の和を取る」ことを考えてしまうと、全て正の無限大に発散するのみである。
Aのべき集合の元のうち、有限集合の元だけを集める。それは当然無限集合になる。以下の様な感じになる。
元の数が1個の元の集合。\(\normalsize\displaystyle~\{\{1\},~\{2\},~\{4\},~\{8\},~\{16\},~\cdots\}\)
元の数が2個の元の集合。\(\normalsize\displaystyle~\{\{1,2\},~\{1,4\},~\{2,4\},~\{1,8\},~\{2,8\},~\cdots\}\)
元の数が3個の元の集合。\(\normalsize\displaystyle~\{\{1,2,4\},~\{1,2,8\},~\{1,4,8\},~\{2,4,8\},~\cdots\}\)
\(~\vdots\)
「元の数がn個の元の集合」自体が無限集合だ。そして「元の数がn個のもの元の集合」も無限に続いていく。
「Aのべき集合の元のうち、有限集合の元だけを集めた集合」は、上記の(無限に続く)集合の和集合ということになる。
さて、「Aのべき集合の元のうち、有限集合の元だけを集めた集合」は果たして可算無限集合か連続無限集合か?
答えは、可算無限集合である。
「Aのべき集合の元のうち、有限集合の元だけを集めた集合」の元は、有限集合で2のべき乗の自然数から成っている。
それは――ここでようやく最初の目論見に立ち返ることができた!――2のべき乗の集合を用いて自然数を表現することに他ならない。「2進数を用いて全ての自然数を表現する」ということと「2のべき乗の集合を用いて自然数を表現する」ということのアナロジーが完成する。
だから、可算無限集合なのだ。
で、ここ最近の「自然数の桁は有限でおさえられる」という話題にも立ち返ることができる。
実は「自然数の桁は有限でおさえられる」という命題は2進数で考えた方が楽だったのだ。
「2進数で表記する」ことを「2のべき乗の集合」に置き換えるという、id:ROYGB さんのアイデアは実に秀逸だった!
自然数を「2進数で表記する」→「2のべき乗の集合」に置き換える→「2のべき乗の集合」は有限集合でなければならない→自然数を2進数で表記した時の桁数は有限となる、という様に連想することができるから。
だから、他ならぬ ROYGB さんから「不思議に思います」というコメントがついた時には――実は――ちょっとびっくりしたのだった。
次行こ。
ある集合 A に対して、\(~2^{B}~=~A\)
(ここで書いた \(~2^{B}\)
は B のべき集合のこと)なる B を求めるという概念を一般化することはできない。
これは簡単。
空集合\(~\phi\)
を含まない集合は、他の集合のべき集合には絶対になれない。
以上。
次。
ある集合Aのべき集合が\(\aleph_{0}\)
になることはない、はまだ証明できてない。
選択公理が有効ならば、任意の無限集合は部分集合として可算無限集合を含むことが言えるので、そのべき集合の濃度は真に可算無限集合より大きい、で済む。
素朴集合論の範囲で対角線論法から証明できる様な気はするのだけど、よく判らない。
2005-12-09 自然数の桁は有限でおさえられる 続き
■スタまに TAKADA BANDとか
TAKADA BANDは、
これだけでコンプリートじゃないんでしょうか?
OVA版の3x3EYESのサントラにも歌があるのでしょうか?
「続・男と女はパピプペポ」」「正調・男と女はパピプペポ」「新・男と女はパピプペポ」が入っていないのはやはり、あまりにもしつこいからでしょうか?
■プログラムの再配置
プログラムのアドレス等も再配置に対応する仕組みを導入しているそうで、まさに、オリジナルOSを実装しているようなイメージだ。
3Dゲームファンのための「ワンダと巨像」グラフィックス講座
うひゃー。
これって、高級言語のソースコードを通してしかプログラムというものを実感できない(自分も含めた)プログラマには、なかなか新鮮。
いや、Z80のアセンブラぐらいならかじったことがあるから「配置するアドレスに依存しないコードを書くことを心がけよ」という理念は判るけど、PS2の様なプラットフォームでもこんなことをするのって……凄いことなのでは?
■自然数の桁は有限でおさえられる 続き
まえがき
有理数 可算無限 証明 カントール
の検索語で、ここが先にヒットするようだ。コメントのせいなのだけど、その話題は↓のエントリ。
自然数は無限に存在する
どんな自然数でもたかだか有限の桁数で表記できる
と並べて書くと不思議でしょ? というエントリを( 20051207.html#p01 )で書いた。
で、 20051207.html からの一連のコメントもあって、これをもう一度書いてみたいと思う。
どんな自然数でも有限の桁数で表記できる
[0, 1]閉区間のどんな実数でも有限の桁数で表記できる
この2つの文を対比させて進めていく。
ここから先に出てくる"数字"という言葉は'0'〜'9'のいずれかの1文字、という意味で使う。また、'0'の取り扱いに関しては若干の制約が必用なのだが割愛する。
まずは、
どんな自然数でも有限の桁数で表記できる
の方。
自然数を十進数表記することを考える。
まず、1の位を数字で書くことから始まって、次に10の位の数字をその左に書き、また次に100の位の数字をその左に書き……、と言う様に、左に伸びていく表記法となる。
さて、ある自然数を表現する時に、
「永遠に左に伸びていってどこかで終わることがない、などという事態が発生するだろうか?」
「そんなことはありえない」
数字の列はどこかで終わる。
いや、数字の列が終わることで初めて、ある自然数を一意に表現する表記となりうる、と言ってもいい。
次、
[0, 1]閉区間のどんな実数でも有限の桁数で表記できる
の方。
これを十進数表記することを考える。
先ほどとは逆で、 0. で始まって、次に\(\frac{1}{10}\)
の位の数字をその右に書き、また次に\(\frac{1}{100}\)
の位の数字をその右に書き……、という様に、右に伸びていく表記法となる。
さて、ある実数を表現する時に、
「永遠に右に伸びていってどこかで終わることがない、などという事態が発生するだろうか?」
「起こりうる」
例えば \(\frac{1}{3}\)
という有理数は、0.3333333… という様に永遠に'3'を書き連ねることでしか表現できない。
あるいは、\(\frac{1}{\sqrt{2}}\)
という無理数(実は \(\frac{\sqrt{2}}{2}\)
のことだ)を表現するためには、永遠に右側に数字が伸びていくことになる。
以上の反例から、「[0, 1]閉区間のどんな実数でも有限の桁数で表記できる」は偽であることが判る。
さて、
「永遠に左に伸びていってどこかで終わることがない、などという事態が発生するだろうか?」
「そんなことはありえない」
「永遠に右に伸びていってどこかで終わることがない、などという事態が発生するだろうか?」
「起こりうる」
この2つの問答が、すなわち、
有限の桁数で表記できる
有限の桁数で表記できない
という言葉の本質を表現している。
どんな自然数でもたかだか有限の桁数で表記できる
というのは「自然数の桁数には上界がある」という意味ではなくて、こういうことを表現しているのですよ。
追記
あとはこの順で
追記 08/09/13
てのも書いたのでどうぞ。
日常とは違う数学の世界への扉です。
2005-12-08 空売り, せどらーについて語りましょうか
■空売り
昼サイさんのところ( 凄いちょんぼですね - 【働いたら】ニートスズキこと斎藤智成ブログ【負け】 )からたどって読んだんだけど、
みずほは実在する現物株数以上に売ってしまい、結果的に「空売り」する形となった。
asahi.com: みずほ証券、誤まって大量の売り注文 株式市場は混乱 - ビジネス
この「空売り」って、わざわざ括弧って括っているってことは、
これと同義?
えーと、「空売り」ってやつは、それをやった時点から株価が下がると儲けがでる、って仕組みだよな。
実際のみずほの売値は1円ではなく、このストップ安価格だったと見られる。
asahi.com: みずほ証券、誤まって大量の売り注文 株式市場は混乱 - ビジネス
ストップ安価格で成立してしまったってことは、ここから下がることは無いってことだ。だからこの状態からだと、みずほが損失をだすしかないっことか。
あってる?
追記
キーワードからたどって今日の分の、「空売り」を含む日記 をざっと読んでいくとまぁあっている様な気がする……。
■サーチクロス と Thunderbird
Thunderbirdでメール検索を早くする方法(インデックス化)等あればおしえてください。
検索結果をダブルクリックしたときに、Thunderbirdが起動するような設定ができず、ちょっと不便だと思っています
http://www.hatena.ne.jp/1133997182
その通りだぁ。
対応メールクライアントに Thunderbird の名前があったことで安心して回答してしまった。
インデクス作成の対応と、ダブルクリックでの該当メールのオープンは別物だったっけ。Becky!でできているから、調べてもいないのにできるもんだと思いこんでしまった。
Command line arguments - MozillaZine Knowledge Base
Command line arguments - Thunderbird - MozillaZine Knowledge Base
あたりを見ると確かに、起動時にあるメールを開いた状態にする、っていうのはできそうにないなぁ……。
■自然数は有限の桁で抑えられる
自然数が、有限の桁で表記出来るというのが不思議に思います。その有限の桁は、いったいいくつなんだろうというのをまず考えます。
そして、有限の数を組み合わせて、無限ができるというのは、ちょっと納得しがたいです。有限集合に対する有限の操作で、無限集合ができるということですから。
http://d.hatena.ne.jp/quintia/20051207#c1134013117
数式を使いたいのでエントリとしてあげちゃいましょう。
どんな自然数でもたかだか有限の桁数で表記できる
と書いた。
ちと強引だが、対偶を考えてみる。
有限の桁数で表現できない「何か」は自然数ではない
どうゆうことか?
\(\normalsize\displaystyle~\sum_{i~=~1}^{1}~10^{i-1}~=~1\)
\(\normalsize\displaystyle~\sum_{i~=~1}^{2}~10^{i-1}~=~11\)
\(\normalsize\displaystyle~\sum_{i~=~1}^{3}~10^{i-1}~=~111\)
:
:
\(\normalsize\displaystyle~\sum_{i~=~1}^{n}~10^{i-1}~=~?\)
↑これは、n桁の数で、全ての桁が1である自然数、となる。
これはnをどんなにどんなに大きい自然数にしても変わらない、つまりnという有限の桁数で抑えられた値にしかならない。そしてnをどんなにどんなに大きい自然数にしても、この式が表現するのは自然数の範疇に納まる。
強引に話を展開してしまうが、
\(\normalsize\displaystyle~\sum_{i~=~1}^{\infty}~10^{i-1}~=~?\)
これは一体なんだろうか? 省略しないで書くと、
\(\normalsize\displaystyle~\lim_{n~\rightarrow~\infty}~\sum_{i~=~1}^{n}~10^{i-1}~=~?\)
ということ。これは「正の無限大に発散する」。つまりは「自然数ではない」。
ただ、それだけのお話。
■せどらーについて語りましょうか
「お,この本出品者いないじゃん」てな本を(携帯サーチを使って)見つけたときに、それを仕入れるか仕入れないか、つまり売れる本か売れない本かをその場で見極めるのは個人の暗黙知としてのノウハウだろう。105円棚なら考えずに仕入れる、という判断もあるだろうけど私は今ほとんど105円棚から仕入れることは無くなったので、そこで考えなきゃならない局面が増えた。
で、家に帰っていくらで値段をつけようか? と悩む。そこでもやっぱり判断しなきゃならない。
その本が古書に値する本なら高い値段をつけてもいいだろう。でも似た様な内容の新刊が出ている様なジャンルなら、やっぱりBOの様に定価の半額とか、せいぜい定価が妥当だろう。やっぱり、そこにも本屋を見てきてどんな本が出版されているのか? っていう個人の知識だとか、Amazonを検索して類似の本がどうなっているかというような知恵という要素か入ってくる。
今をときめくw江原哲之だって、去年の今ごろは105円棚で見つけたら即確保! の「せどり的においしい本」だったんだ。出品してその日に売れるなんてザラだった。
ところがその後、彼の本は山ほど出版され、オビに顔写真が付く様になって、CDが出てジャケットに妙な衣装で写っていて、しまいにはテレビ出演。
彼の本は、もうすでにたくさん出て、買われ、消費され――つまりは誰かの本棚にずっと残る本じゃなくて即座にBO行きになるような本に堕してしまった。
本屋の平積みの棚にずらりと並んでいる様な本は――まだ出て間もないのに105円棚に入っていたとかいうのは別として――せどりで仕入れていい本じゃない。
この本は売れるか売れないか? という自分の中でのせめぎあい。そしてその本が売れたときのうれしさ。
そんな感覚がなんとなくでも想像できる人なら、やってみればいい。
2005-12-07 "たかだか"にまつわる数学と日常の断層, 壺算, 宗教は嫌い
■"たかだか"の認識 数学と日常の断層
たとえば、数学で使う「たかだか」という言葉遣いにはいまだになじめない。日常語で「アメリカの歴史はたかだか200年」といえば、どうしても「たった200年かよ、けっ、顔洗って出なおしてきな」とでもいうよな、どこか見下したような意識が感じられるのだけど、数学では単純に「xはAを超えない」といった意味で「xはたかだかAである」というような言い方をする。
読冊日記
うん。確かに、数学について語っているモードと日常のモードの間で、"たかだか"という言葉にニュアンスの違いがある。
あまり意識していないけど、私が日常で"たかだか"と使う時に、数学について語っているモードの時の自分がちょっと漏れだしていて、他の人とは違う感覚でその言葉を発しているかもしれないなぁ、なんて思った。でも過去の日記を検索してみると、日常的なニュアンスでの"たかだか"でしか使っていなかったりして逆に意外だったり。
T-ponさんのはてなダイアリーのコメントにこう書いたことがある。
肝心なのは、
T-pon’s 一日一文Palm日記 with T|T5
Xは無限に大きくなる、
わけですが、
Xを表現する2のべき乗の集合はたかだかn個の有限集合である、
点です。
まぁ、このコメントは、
無限に関する質問です。
http://www.hatena.ne.jp/1130932358
から続く流れの中でないと意味を汲み取れないと思うのでちょっと書き直してみる。
自然数は無限に存在する
どんな自然数でもたかだか有限の桁数で表記できる
この2文をこうやって並べて書いてみると、なんか不思議な感じがするのでは?
追記
続きはこちら
■Delphi2005のアップデート
買ってからアップデートかけてなかったなぁ、と思って米Borlandからアップデートを持ってきて実行してみたらCDを要求されて、仕方がないなぁと思って持ってきて続行するも途中でエラーが発生して、それならとネットワーク経由でやったり外付けUSBのドライブでやったりしても駄目で、気を取り直して検索してみたら、
というのを見つけてがっくりしたところ。
■Ever17 PV version FLASH
refererに「EVER17 FLASH」での検索があったので気になってWeb検索してみた。
FLASHムービーの、Ever17 PV version ってのがあったみたい。
もちろん画像転用のイリーガルなものなんだろうけど。
追記
Internet Archiveからページを出して、download から持ってくる。
http://web.archive.org/web/20041010045751/http://www.hinocatv.ne.jp/~platypus/ever17-pv.html
■壺算
古いはてなだけど「その概念を指し示すちょうどいい名称」が判ったのでメモ。
この手の詐欺は落語の名前を取って壺算と言われているらしい。
微妙に違うか? という気もするが、等価に交換したものを2回数えさせて騙す、という構造は一緒のハズだ。
10人の旅行者がホテルに泊まろうとしていた。
ところが、ホテルにはあいにく9部屋しか空いていなかった。
そこでマネージャーは名案を思い付いた。
マネージャーは最初の客に言った。
「Aさん、ロビーでしばらくお待ちになってください。
後ほどお部屋にご案内します。」
そして、マネージャーは先ず、
1001号室に2人目の客を案内し、
1002号室に3人目の客を、
1003号には4人目、1004号には5人目、
1005号には6人目、1006号には7人目、
1007号には8人目、1008号には9人目を案内した。
そして、Aさんのところへ戻ってきていった。
「お待たせしました。1009号室にご案内いたします。」な、なぜ・・・?
http://www.hatena.ne.jp/1124291242
■ieで見るとサイドバーが下の方に沈んでしまう
という現象がこのblogで起きることは把握していた。
ちょっとCSSをいじって大分マシになったけど、asin指定でAmazon商品を表示していてアーティストの項目が長かったりするとまだ発生する。
float指定した時のwidth:autoが正しく機能していない様に見える。しばし悩んで回避する方法を思いつかなかったので放っておこう。
■宗教は嫌い
確かに、宗教は嫌い、だ。
信仰の強さで考えてみる。おそらく私は、神道に対する信仰が一番強いと思う(自分のことなのにあやふやだなぁ)。
でも、宗教としての神道はやっぱり、嫌い、なのだ。
でも引いた様に、根拠薄弱な「神無月・神在月」という信仰がなんで広まったのか、というようなことを考える。現代ではWebサイトで日本書紀からの引用を以て説明している。でもそこに、無理なこじつけではないか? という疑いを見いだしてしまう。
菅原道真――いわゆる天神様――は、御霊神だ。死後に怨霊となり、それ故に奉られて神となった。
現代では学問の神様ということになってしまったが、本来は怒りの神だ*1。
死後百年もの間、彼は怨霊として恐れられた。怒りの神としての姿が失われ、護国の神となるまでに百年もの年月がかかった。
なぜ?
菅原道真の死後百年に渡り、彼を怨霊たらしめたのは、彼を鎮める側である筈の者達だったのでは? という疑いを見いだしてしまう。
信仰はあるはず。なのに、宗教として見てしまうと、疑いと嫌悪感が拭えなくなってしまう。
色々と考える機会は多いこの話題、言葉としてアウトプットするのは初めてかもなぁ。
あ、そうそう。はてなブックマークのコメントで見た、
「仏教徒ならば唯一絶対のものはないと考えている」の逆は果たして真だろうか。
という指摘は"もっともだ"と思った(ここでの"逆"は論理学でいうところの"逆"だろう)。
(追記)
元記事から離れた話になったな(まぁいつものこと)。
日本人は宗教が嫌いというよりは、無関心で、無知で、無自覚なんだろう。
テレビや雑誌の12星座占いとか、自称霊能力者が出てきて地縛霊がとかあなたの前世は○○ですとか言っている番組なんか、「クリスチャンはどう見てるんだろう」なんて考えたことがない人が作ったり見ていたりするんだろうな、とか考えたりすることはある。
*1 本来は、ということを言い出せば、現在の太宰府天満宮はお寺だったわけなのだけど……。
2005-12-06 KAPLA カプラ 魔法の板, スタまに, 鉄腕バーディー
■KAPLA カプラ 魔法の板
カプラというオモチャ……というか積み木というか、遊具がある。
3辺が 1:3:15 という比率でできているただの木の板*1。
だけど、「魔法の板」という呼び名もあながち誇張ではないと思えるほど、面白い。
自分で積んでみないと判らないのだけど、この辺の比率が絶妙で重心を残して積むのに凄く具合がいい。本当に凄いものがつくれてしまう。
3人ぐらいでホイホイっと1時間かからずにこんな感じに積み上がってしまう。

2mぐらいの高さがあるかな。
私はカプラで遊ぶのは2度目。別に講習だとかワークショップとかで誰かに教わったりしたわけではない。自分で積んで遊んでいただけ。
このツリー(一応、ツリーなのだ)は、初めのうちはワークショップの指導をする様な方と一緒に積んでいった。
下の方で左側と右側が全然デキが違うのはそのためで、私が積んだ右側が、上に行くにしたがって絞っていかないといけないのに、全然できてない。↓こんな感じになっていて、上に行くほど内側に重心を移しつつ左右の間隔を縮めていく*2。

そんな"絞っていく"感覚がつかめたのは途中からだった。で、凄いのはその程度の腕前でも、板を積んでいくのに全く"崩しそうで怖い"感じや緊張感は皆無で、ホイホイっと積んでいける。
つまり重心を残して積むのが非常に楽。
すごく楽しくて不思議な遊具。
こららにサイトを見つけた。
カプラアート,カプラギネス,カプラファン のリンクを見ると"スゴイ"と思うかも。
カプラとは? のリンクにある通り、この 1:3:15 という比率に辿り着くまでに15年もかかったそうで。でもそれもさもありなん、と一度遊んでみれば判ると思う。
そして実際に遊んでみないと判らないのが、この類のシンプルな遊具の、奥の深さでもある。子供のオモチャ展みたないのに足を運んで、これ以上に"スゴイ!"と感じたものはない。
■アップルのiMac G5欲しい!
あ〜。Javaで組んだプログラムが綺麗に動く所を見てみたい!
なんて書くと自分の首を絞めそうだな。
今ウチにはノートブックパソコンしかない(除く Macintosh Perfoma 5210)。
で、こんな状況↓の部屋の中に、iMac G5を置いて果たしてうまく使うことができるか? に挑戦しよう。TVチューナ&エンコーディングしてくれる外付け機器でMacOS X対応のものとかあるのだろうか? 捕らぬ狸の〜なので今から探したりはしないけど、そんなのも繋いでみたいな。
■スタまにシリーズ
こんなの出てたんだ!
……なんで BLUE SEED は曲目リストが半端なんじゃ〜。
TAKADA BANDの曲で持っていないのがあったら買いたいのに。
しゃあねぇ、リアル店舗で探すか。
■鉄腕バーディー 11
話を広げすぎた感がなきにしもあらず……。今巻も面白く読んだのだけど、読み終わってからあまり前に進んでないなぁ、という感覚があった。
だけど昔のバージョンよりも抜群に面白くはなった。

